記の九
樂しき哉梅溪の遊也。兩日留連し、良友佳朋に從ひて、天下無雙の勝を覽る。天も亦其の雪月の美を靳まず、并せて之を賜ひて以て三絶を成す。多幸と謂はざる可けん邪。日夕院を辭し、將に上野に至らんとす。夜黑し。迷ひて路を失ひ、荊棘中に陷り、進退維れ谷まる。乃ち跳んで渠水を超え、田を蹊ること數町。纔に官路を得。同人交文稼を咎む。余曰く、「亦奇ならず乎。今日の游奇ならざる者莫し。此れ其の餘波耳」と。公圖笑つて曰く、「此の如きは蛇足耳」と。衆哄然たり。初更上野の客舍に達す。翌日辭し公圖・文稼等に別る。子達等を攜へて去る。
此の行余七言律詩十首を得たり。奚囊を寘し、公圖の贈篇及び公圖・半香等作る所の詩若くは畫と、稛載して歸る。之を壁間に貼り、又瓶に院主餉る所の梅花を插す。几案の側に在り。清香室に滿つ。數日恍然として、猶ほ梅溪中に在るがごとし。是に於て追つて之を記し、九篇を得たり。子達をして圖を造り、各篇の左に置きて、以て未だ遊ばざる者に示さしむ。亦此の溪の益顯はれんことを欲する也。
2019年5月2日公開。