記の六
舟中既に尾山の諸谷を覽、又西のかた桃野を觀んと欲す。纔かに棹を轉ずれば、則ち北㟁未だ見ざる所の山、突兀として躍り出づ。樹石雜り、虯龍・虎豹譎詭し夭矯す。一石有り。人の冠して立つが如し。烏帽子巖と曰ふ。水益駛く、激しく碨礧を搏つ。稍緩き處は、俯して之を窺へば、澄徹して底を見る。游魚數ふ可し。花片波に點ずれば、輙ち就いて之を唼り、得る所無くして逝く。之が為に一笑す。
仰ぎ見れば桃野前に在り。地勢陡絶す。黃茅の數家、縹渺として梅花爛漫の間に現出す。瑤宮・璚闕の白雲中に在るが如く、望む可くして即す可らざる也。嵩夫云く、「此の溪は夏月毎に、躑躅の花開き、水變じて猩血色と作る。亦奇絶と為す。故に名づけて躑躅川と為す也」と。
嗚嘑此の溪の奇一に何ぞ多き也。恨むらくは一時に併觀する能はざることを。之を記して以て他日を俟つ。
2019年5月2日公開。