[原文] 民友社版5頁; 岩波文庫(新版)9頁
此方も引入れられるる樣に俯きつ。火鉢に翳せし右手の指環のみ燦然と照り渡る。
ややありて姥は面を上げつ。「御免遊ばせ、また此樣な事を。おほほほ年が寄ると愚癡つぽくなりましてねェ。おほほほほ、御孃――奧樣も此までは色色御苦労も遊ばしましたねェ。本當によく御辛抱遊ばしましたよ。最早最早此れからは御目出度事ばかりで厶いますよ、旦那樣は彼通り御やさしい御方樣――」
「御歸り遊ばしまして厶います」
と女中の聲階段の口に響きぬ。
2009年10月4日公開。