漢譯不如歸挿畫 鏑木清方 畫
[原文] 民友社版1頁; 岩波文庫(新版)7頁
不如歸
蘆花生著
上篇
(一)の一
上州伊香保千明の三階の障子開きて、夕景色を眺むる婦人。年は十八九。品好き丸髷に結いて、草色の紐つけし小紋縮緬の被布を着たり。
色白の細面、眉の間やや蹙りて、頰のあたりの肉寒げなるが、疵と云へば疵なれど、瘠形のすらりと靜淑らしき人品。此れや北風に一輪勁きを誇る梅花にあらず、また霞の春に蝴蝶と化けて飛ぶ櫻の花にもあらで、夏の夕闇にほのかに匂ふ月見草、と品定めしつ可き婦人なり。
上州・・・上野国(こうずけのくに)。現在の群馬県。
伊香保・・・群馬県渋川市にある温泉町。
千明・・・千明仁泉亭という有名な旅館。
丸髷・・・結婚している女性の髪の結い方。
小紋縮緬・・・小紋を染め出した縮緬。
2009年9月6日公開。