日本漢文の世界

 

漢訳不如帰







漢譯不如歸 上篇 (一)の一(1)

[訓読]
 上毛(じやうもう)伊香保(いかほ)の驛(えき)は、温泉(をんせん)を以(もつ)て世(よ)に名(な)あり。且(か)つ山(やま)秀(ひい)で水(みづ)清(きよ)く、殆(ほとん)ど人境(じんきやう)と一大(いちだい)鴻溝(こうこう)を劃(くわく)す。都人士(とじんし)の來游(らいいう)織(お)るが如(ごと)く、旅亭(りよてい)も亦(ま)た多(おほ)し。皆(みな)浴室(よくしつ)を作(つく)り、筧(けん)・槽(さう)之(これ)を蓄(たくは)ふ。就中(なかんづく)千明亭(ちぎらてい)は、雄大(ゆうだい)宏壯(くわうさう)、驛中(えきちゆう)の巨擘(きよはく)也(なり)。
 某年(ぼうねん)春(はる)四月(しぐわつ)、客(かく)に一佳人(いちかじん)有(あ)り。眉目(びもく)清秀(せいしう)、容姿(ようし)妍麗(けんれい)、宛然(ゑんぜん)早櫻(さうあう)の春雨(しゆんう)を帶(お)び、夭桃(えうたう)の紅靄(こうあい)に媚(こ)ぶるが如(ごと)し。圓髻(まるまげ)・綠鬢(りよくひん)、乃(すなは)ち既(すで)に人(ひと)の婦(ふ)と爲(な)るを知(し)る。但(た)だ憾(うら)む眉間(びかん)蹙促(しゆくそく)、頰肉(けふにく)豐(ゆた)かならざるを。然(しか)れども一見(いつけん)して以(もつ)て人(ひと)を惱殺(なうさつ)するに足(た)れり。

上毛・・・上野国(こうずけのくに)は上毛国(かみつけのくに)ともいう。現在の群馬県。
驛・・・宿場。
一大鴻溝・・・おおきな溝。おおきな隔たりがあること。
筧・槽・・・竹で作ったかけい(湯を通すための筒)と、浴槽。
巨擘・・・もっともすぐれたもの。
宛然・・・まるで・・・のようだ。
早櫻・・・早咲きの桜。原作の花とは異なる訳になっています。
夭桃・・・桃の花。これも原作とは異なります。
綠鬢・・・黒黒としたつややかな頭髪。


2009年9月6日公開。

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