[訓読]
亭に三層閣有り。時に戸を開く。晩霞一抹、好景畫くが如く、囑目殊に豁し。遠きは則ち日光・足尾の諸峰、翠を攅め嵐を疊み、近きは則ち小野・子持・赤城の諸山、委蛇曲折、秀を爭ひ峻を競ひ、粲然として眉睫に列す。
日既に落ち、餘暉峰巒に映じ、晩鴉樹に噪ぎ、鐘聲暮を報じ、暝色遠き自り至り、四望蒼然、須臾にして咫尺を辨ぜず。唯だ闇中佳人の素顔雲の如きを認むる而已。家家既に燈を點じ、樓上依然欄に凭る。
三層閣・・・三階建ての建物。
囑目・・・目を向けること。
翠を攅め嵐を疊む・・・緑がきれいな形容。
委蛇曲折・・・うねうねと曲がっている。
粲然・・・くっきりあざやかな様子。
眉睫に列す・・・近くに迫って見える。
餘暉・・・夕日の光。
峰巒・・・山山。
暝色・・・夜の暗さ。
素顔・・・白い顔。
凭る・・・もたれかかる。
※蘆花得意の自然描写が展開されている段だが、二つの雲の描写が、漢訳では完全に省略されてしまっている。
2009年9月6日公開。