曳布瀑
天は素練を曳く
青谷老人
曳布の瀑
均しく曳布の瀑と名づく
吾が伊は攝洲に勝る
如何ぞ平相國
空しく攝山の游を作すや
旭莊
曳布の瀑は、龍が壺從りして溢れ注ぐ。將に之を觀んとすれば、靈蛇の左肩を攀ぢざるを得ず。而れども險しきこと甚し。峻崖峭嶄にして、徑の躋る可き無し。
但だ樹根の露出するを見る。崖自り腹に延び、紛亂攢蹙して衆小蛇の結びて復た解くるが若く、數十步に亙れり。顧ふに此を舍つれば由りて登り觀るを得ること無からん。豈に造物者の其の奇勝を靳みて、人をして之を覩しむるを欲せざる歟。
是に於て奮然猛進し、欹仄して上る。手行き足送り、恰も梯を上るが如し。後者は前者の躡む所を捫り、上頭の崖曲る處に至れば、復た捫る可き者無く、僅に岩角を捉へ、以て顛躓を防げり。下は則ち靈蛇瀑、[氵薨][氵薨]として脚底に響き、毛髮皆竦つ。
既に登り、右轉して下る者數十武。又た水聲有り。尤も人耳を聳たしむ。但だ巨岩の潭涯に突出するを以て、纔に一斑を窺ふのみ。而して未だ其の全豹を見るを得ず。若し正しく之に面せんと欲すれば、下流を越ゑて左崖に就くに非ずんば不可なり。益造物者の斯の奇勝を秘して、人をして技癢に堪へざらしむるを知る。猶ほ佛を信ずる者の靈像を拜するに、龕未だ全くは啓かず、帳未だ全くは褰かず、而して眼穿ち意渴するがごとき也。
下流は渠の如し。幅六七尺。褰げて涉る。水膝に至れり。既に濟れば、石崕聳立し、屏の若く柱の若き者の其の下崕を摩する有り。
進んで潭涯に及べば、則ち一條の素布、岩頂從り垂下する者十仞。其の水の結びは拗捩狀を作す。酷だ [日麗]布の一たび表し一たび裏し、翩反として止らざるに肖たり。其の聲爲る也、霰の降るが如く、潮の上るが如く、風の密松を掠め、雨の叢竹に灑ぐが如し。
不動は水の多きを厭はず。曳布は水の少きを厭はず。蓋し曳布は其の軟舒を貴び、不動は其の奮激を取る。時は老秋にして水縮む。余尤も曳布の貴ぶ可きを見る也。
其の潭は全石を巻き起し、大甓の水を蓄ふるが如し。廣さも亦不動に倍す。濬然として測られず。崖上には石立ち楓插み、大に靈蛇の右崖に似たり。蓋し龍脈相通ずる也。左崖の石は、次第に上殺し、首跗相接す。榻に類し扆の若き者、陳列すること數十。亦奇なり。
抑攝の曳布の瀑は、平相國の游觀する所なり。名久しく顯る。余謂へらく「唯だ其の名高き耳。地の靈なると潭の深きとは、則ち恐くは此に及ばざらん。」と。孰か顯揚なる者必ず勝れ、而して閉晦なる者必ず劣ると謂ふ耶。
2009年9月6日公開。