ここから『観瀑図誌』は、後半に入ります。
前半の「赤目瀑前記」の解説でも書きましたが、後半の「赤目瀑後記」の部分の記述は、かなり異なる印象を受けます。「前記」の記述が非常に仔細に観察して書かれているのに比べ、「後記」は大きな滝だけをピックアップして体裁を整えたように見えるのです。
「前記」と「後記」では、書かれた年代も異なります。前半にあたる「前記」が書かれたのは天保2年(1831年)の秋であり、後半の「後記」が書かれたのは、万延元年(1860年)の秋でした。「前記」の初稿を書いたとき、梁洲先生は19歳の青年でしたが、「後記」は、その30年後に48歳の老成した学者として書いたものなのです。もちろん、出版にあたり「前記」「後記」が整合するように字句等の推敲は徹底的になされています。しかし、「前記」に出てくる不動滝の滝壺で泳いだ話など、若者らしい話は、「後記」には見られません。
先にも述べたように、梁洲先生は、便宜的に「前記」に書かれた谷川と滝をまとめて「前澗(ぜんかん)」(前半の谷川)と称し、「後記」に書かれた谷川と滝を「後澗(ごかん)」と称しています。
荷担滝
「後澗(ごかん)」の中には、四十八滝でいちばん美しいといわれる荷担滝(にないたき)があります。この部分は、梁洲先生が最も力を込めて書いたところで、『観瀑図誌』中の圧巻です。
『観瀑図誌』は、梁洲先生が四十八滝案内として書かれたものなので、「後澗(ごかん)」の滝も臨場感たっぷりに書かれています。読者のみなさまも読み終えら、自分も四十八滝に行ってみたいと思われるに違いありません。
「後記」についても、「前記」同様、現地の写真をたくさん交えながら紹介することにいたします。現地を歩いている気分で楽しんでいただければ幸いです。
2017年3月26日公開。
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