日本漢文の世界

 

漢訳不如帰







漢譯不如歸 上篇 (一)の二(2)

[訓読]
 乃(すなは)ち燈(とう)を點(てん)じ、婦人(ふじん)を熟視(じゆくし)して曰(いは)く、「恭人(おくさん)今(いま)既(すで)に圓髻(まるまげ)と爲(な)る。賢萱(けんくゑん)逝(ゆ)く時(とき)、年(とし)尚(な)ほ幼(をさな)く、垂髪(すゐはつ)面(めん)を掩(おほ)ひ、媼(おうな)の背後(はいご)、襁褓(きやうほう)の中(なか)に在(あ)り。賢萱(けんくゑん)を呼(よ)び、涕泣(ていきふ)して止(や)まざりき。當時(たうじ)を追懷(ついくわい)すれば、恍乎(くわううこ)として猶(な)ほ昨(さく)のごとし。而(しかう)して居諸(きよしよ)旋轉(せんてん)、梭(さ)を投(とう)ずるが如(ごと)く、頭(かうべ)を回(めぐ)らせば蚤(はや)く已(すで)に此(ここ)に十有餘年(じふいうよねん)なり。恭人(おくさん)成長(せいちやう)して、今(いま)は則(すなは)ち良家(りやうか)の令夫人(れいふじん)と爲(な)る。媼(おうな)の老(お)ゆる、復(ま)た疑(うたが)はざる也(なり)。嗚呼(ああ)。賢萱(けんくゑん)をして今(いま)尚(な)ほ世(よ)に在(あ)らしめば、其(そ)の喜(よろこ)び果(はた)して如何(いかん)ぞ哉(や)。今也(いまや)則(すなは)ち亡(な)し。悲(かな)しき夫(かな)。」と。言(げん)訖(をは)りて、潸然(さんぜん)として聲涙(せいるゐ)倶(とも)に下(くだ)る。

賢萱・・・浪子の実母。母親のことを萱堂という。
垂髪・・・おさげ。
襁褓・・・小児をおんぶするときに着る打ち掛け。
恍乎・・・ほのかに見える様子。
居諸旋轉・・・「居諸」は歳月のこと。歳月がめぐること。
梭・・・・機織の道具である「ひ」のこと。
潸然・・・涙がはらはらとこぼれる様。
聲涙倶下・・・涙を流しながら話すこと。
※この部分は、漢訳では大胆に省略され、浪子の母親に関する部分のみが訳されている。


2009年10月4日公開。

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