[訓読]
乃ち燈を點じ、婦人を熟視して曰く、「恭人今既に圓髻と爲る。賢萱逝く時、年尚ほ幼く、垂髪面を掩ひ、媼の背後、襁褓の中に在り。賢萱を呼び、涕泣して止まざりき。當時を追懷すれば、恍乎として猶ほ昨のごとし。而して居諸旋轉、梭を投ずるが如く、頭を回らせば蚤く已に此に十有餘年なり。恭人成長して、今は則ち良家の令夫人と爲る。媼の老ゆる、復た疑はざる也。嗚呼。賢萱をして今尚ほ世に在らしめば、其の喜び果して如何ぞ哉。今也則ち亡し。悲しき夫。」と。言訖りて、潸然として聲涙倶に下る。
賢萱・・・浪子の実母。母親のことを萱堂という。
垂髪・・・おさげ。
襁褓・・・小児をおんぶするときに着る打ち掛け。
恍乎・・・ほのかに見える様子。
居諸旋轉・・・「居諸」は歳月のこと。歳月がめぐること。
梭・・・・機織の道具である「ひ」のこと。
潸然・・・涙がはらはらとこぼれる様。
聲涙倶下・・・涙を流しながら話すこと。
※この部分は、漢訳では大胆に省略され、浪子の母親に関する部分のみが訳されている。
2009年10月4日公開。