日本漢文の世界


富士艦迴航語釈

富士(ふじ)(かん)

わが国最初の一等戦艦。英国テムズ社製。明治天皇は自ら宮廷費を節約してこの艦の購入費を拠出された。排水量12,500トン、速力18ノット、30センチ砲4門、15センチ砲12門を備え、当時世界最強の大戦艦であった。日清戦争には間に合わなかったが、日露戦争時には主力艦として活躍した。

迴航(くわいかう)

船をある港まで航行させること。

提摸斯(テムズ)

英国のテムズ川(the Thames)の音訳。現代中国での音訳は、「泰晤士」。

明日(みやうにち)

あくる日のこと。「めいじつ」と漢音で読んでもよい。

船渠(せんきよ)

ドックのこと。この訳語はいまでも使われる。

英帝(えいてい)

大英帝国の皇帝。当時はヴィクトリア女王。この文では、まるでヴィクトリア女王が戦艦富士を見物に行ったかのように書いてあるが、実際には戦艦富士は、ヴィクトリア女王の即位60周年記念として行われた英国大艦隊観艦式に我が国代表として列席した。富士は英国でも最新式の大戦艦だったので、女王も注目されたと思われる。

斯毖度邊土(スピットヘッド)

地名の音訳。Spitheadは、ポーツマスとワイト島の間にある停泊地。 

(くわい)

みなが勢ぞろいしているところへ行き、対面すること。諸国の軍艦が来て待っているところへ行った。 

(はい)

列を作って並ぶこと。

帆檣(はんしやう)

帆柱(マスト)のこと。 

()(しよく)

よく注意して見ること。注目する。 

日東(につとう)

日本のこと。「じっとう」と読むこともある。 

(あらは)

あきらかにすること。

服壓(ふくあつ)

圧倒すること。 

斯揑斯(ステーツ)

stateの音訳。海軍用語で「錨泊位置」のこと。

揖禮(いふれい)

三浦大佐の報告書(アジア歴史研究センター蔵)には、このとき富士が周辺の諸外国の艦船と礼砲を交わしたことが記されているという。
(海軍史研究家・大井昌靖のご教示による)

操縱(さうじう)(はふ)(ごと)

戦艦富士の操縦は、まさしく規範にのっとったものであった。 

罅漏(かろう)()

欠けたところがない。非の打ち所がない。 

洶湧(きようよう)

波がわきたつ音をあらわす擬音語。

慕土蘭(ポートランド)

英国のポートランド島(the Isle of Portland)。 

水雷(すいらい)

水中で爆発させて敵艦を破壊する兵器。魚雷は、魚型の水雷。ほかに、機械水雷(機雷)、敷設水雷などがある。

麻兒達(マルタ)

地中海のマルタ島(Malta)。当時は英領。

慕土祭土(ポートサイド)

スエズ運河の地中海側入り口にある、エジプトの港湾都市(Port Side)。

蘇斯(スエズ)運河(うんが)

スエズ運河(Suez Canal)。

沙淤(さお)

砂や泥。

歐人(おうじん)

ヨーロッパ(欧羅巴)人。

搭載(たふさい)

船などに荷物を積み込むこと。

(おろ)

荷物をおろすこと。

廿五(にじふご)(フイート)八半(はちはん)

八半は八分の一のこと。廿五呎八半は25.125フィート。呎の字は国字だが、中国でも用いる(中国音はchĭ)。1フィートは約30.5センチ。

二十五(にじふご)(フイート)(はん)

前に廿五呎半とあるのと不統一だが、これは誤入力ではなく、原文に従っている。さきには艦の吃水が、廿五呎八半とあり、ここでは炭(石炭)と水を減じて吃水を二十五呎半にした、とある(廿五呎八半より増えている)ので、上記の艦の吃水廿五呎八半とは、石炭や水を全くつまない場合の吃水だと思われる。

(やと)

賃金を払って雇うこと。賃借りすること。

(ノツト)

一時間に一海里(1852メートル)進む速さ。「節」の訳字は、今も使用する。(わが国だけでなく中国でも。)

贊稱(さんしよう)

称賛すること。

爾後(じご)

その後。

亜丁(アデン)

アラビア半島南西端の港湾都市。現在はイエメンの首都となっているが、当時は英領。(Aden)

胡侖部(コロンボ)

セイロン島(スリランカ)の港湾都市。当時は英領。(Colombo)

新嘉坡(シンガポール)

シンガポール(Singapore)。当時は英領。今の中国では「新加坡」とする。

富峯(ふほう)

富士山。

旭日(きよくじつ)燦爛(さんらん)

旭日とは、朝日のこと。燦爛は、きらめくさま。

海波(かいは)(せき)(ごと)

海の波は、席(むしろ)のようだった。波がおだやかなようす。

2001年8月5日公開。2002年3月17日一部追加。