日本漢文の世界


採蕈記(さいしんき)

土屋(つちや) 鳳洲(ほうしう)

 積雨(せきう)(はじ)めて()れて、爽氣(さうき)(からだ)()し。()便(すなは)採蕈(さいしん)(いう)(おも)ひ、飄然(へうぜん)として(くるわ)()づ。數里(すうり)にして(やま)()る。松林(しようりん)森鬱(しんうつ)として、翠色(すいしよく)(した)たらんと(ほつ)す。(しかう)して苔徑(たいけい)(あめ)()き、(とき)微香(びかう)()ぐ。()欣然(きんぜん)として以爲(おも)へらく、「松蕈(まつたけ)(ちか)きに()り」と。(たまたま)樵叟(せうそう)()り、(かご)()にして(きた)る。(また)(きのこ)()(もの)なり。

 ()(さき)だちて(すす)み、蒙茸(もうじよう)(はい)して()く。左右(さいう)注視(ちうし)し、一歩(いつぽ)一顧(いつこ)し、探索(たんさく)(とき)(うつ)せども、(いま)一獲(いつくわく)()らず。(あし)(つか)()()み、松下(しようか)()きて(いこ)ふ。少焉(しばら)くありて、(おきな)緩歩(くわんぽ)して(いた)る。(きのこ)(すで)(かご)()てり。(かさ)()るが(ごと)(もの)()り。(かさ)を戴くが(ごと)(もの)()り。繭栗(けんりつ)(ごと)(もの)()り。大小(だいせう)長短(ちやうたん)錯落(さくらく)參差(しんし)として、香氣(かうき)(はな)()く。

 ()(おきな)()つて(いは)く、「(われ)(はじ)めて(やま)()るや、()(おも)へらく、『()(ひと)(おく)るれば、(おそら)くは()ること(あたは)はざらん』と。(ゆゑ)(おきな)(さき)だちて()きしも、(こころ)(いそが)しく(あし)(さはが)しく、(つひ)()(ところ)()かりき」と。(おきな)()して(こた)へず、(あふ)いで(おほい)(わら)ふ。(けだ)諷意(ふうい)()るなり。(しる)して(もつ)(これ)(そん)す。丙戌(へいじゆつ)十月(じふぐわつ)

2001年8月5日公開。