日本漢文の世界


弗蘭克林解説

 ベンジャミン・フランクリンの成功は、若いときの高僧の訓戒によるという話です。大志ある若者は、なかなか年長者の話を聞かないものですが、それでは大事を成就できないという教訓です。人にへりくだることのできない者は、大成することはありません。
 漢の張良が圯上老人(いじょうろうじん)から兵書を受けた話が引き合いに出されていることは、今日の読者にはいささか唐突に思えるかも知れません。これはどういう話かといいますと、圯上老人が、張良少年に「大事なことを教えてやるから明朝橋の上に来い」と言いますが、朝行ってみると老人はすでに来ていて、張良を「遅い」と罵ります。こうして二度も出直しとなり、三度目には夜半から赴いたところ、すぐ後でやってきた老人が「孺子(じゅし=小僧)、教うべし(おまえは見込みがあるぞ)」といって兵書をさずけてくれた、というものです。(張良は、その後、劉邦を助けて項羽を破り、漢の天下を実現させました。しかしその直後に政界から引退しています。韓信など身の引き際を見極められなかった他の重臣たちは殺戮されておりますが、張良は見事な出処進退により天寿を全うしたのです。)圯上老人の話は、『史記』の『留公世家』にでており、老人は「黄石」の化身ということになっています。しかし、蘇東坡(そ・とうば 宋代の大文章家)は『留侯論』(留侯とは張良のこと)において、圯上老人は「黄石」などの化け物ではなく、世を憂える隠者であり、張良が非凡な才能をもちながら、自分の命を粗末にしていることを惜しんで、人にへりくだる謙譲の大事を教えるために、あえて張良を試みたのだとしています。鳳洲先生のこの文章は、蘇東坡の論に基づいているのです。
 ところが、ここに書かれたフランクリンの逸話は、実は出所不明なのです。フランクリン自伝(岩波文庫)には載っておりません。出典をご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

2001年10月8日公開。