日本漢文の世界


進學喩語釈

西宮驛(にしのみやえき)

現在の兵庫県西宮市。西宮は、山陽道と中国街道の合流地に当たり、幕府より西国街道の宿駅に指定されていた。

二里(にり)

この作品での「里」は、中国の里程によっているため、一里が約500メートルである。

菟原驛(うばらえき)

現在の兵庫県武庫郡。西国街道の宿駅であった。

雲表(うんぺう)

雲の上。

翅然(しぜん)

高さがとても高い様子。

心神(しんしん)飄飄(へうへう)

心がうきうきと軽いこと。

行旅(かうりよ)

旅行に同じ。

妄行(まうかう)

むちゃ。前日無理な行動をして疲れたことを言っている。

疲頓(ひとん)

疲労困憊すること。

登陟(とうちよく)

登山のこと。

()

召使い。ここでは供の下男。

春和(しゆんくわ)

「春気和煦」(しゅんき・かく)ということで、春のうららかな気候をいう。

村肆(そんし)

茶店のような、観光客が少し休憩のできる店であろう。

數十丈(すうじふぢやう)

一丈は約303センチメートルにあたる。

(せつ)(せん)二州(にしう)

摂津と和泉の二国。摂津は、摩耶山を含む地域で、和泉は大阪府南部で、大阪湾を隔てて向こう側に見える。

平臨(へいりん)

まっすぐ見ること。「平視」に同じ。

城邑(じやういふ)

都市のこと。

繡錯(しうさく)

あやぎぬのように綺麗な模様をなしていること。

碁峙(きぢ)

碁石のように整然と並んでいること。ここでは、下界の町の家家が、碁盤に置かれた碁石のように見えること。

<掌上(しやうじやう)

手のひらの上。下界の町などが小さく見え、手のひらの上に載せることができるようだ。

土阜(どふ)

おか。こんな山は岡のようなもので、大したことないと言っている。

(たん)()

擔(担)は荷物のこと。「税」は、荷物を下ろすことで、「とく(解)」「ぬぐ(脱)」と訓読する。

(ぐう)

あずけること。

(つゑ)(けつ)

「策」は杖のこと。「決」は、決断してという語感。意を決し、杖をつきつき、登っていった。

數折(すうせつ)

くねくねとした山道を、何度か折れ曲がって上がって行ったこと。

喘喘(せんせん)

「はあはあ」と息が切れること。

佇立(ちよりつ)

じっと立ち止まること。

沮色(そしよく)

気の進まない様子。

少頃(せうけい)

しばらくの間。

坪處(へいしよ)

平らな所。

倍蓰(ばいし)

「倍」とは二倍、「蓰」とは五倍のこと。数倍を意味する語。

平步(へいほ)

ゆるやかに歩くこと。

峻絕(しゆんぜつ)

非常に険しいこと。

()

つみ重ねること。

層層(そうそう)

幾重にも重なっている様子。

石磴(せきとう)

石の階段。

層巔(そうてん)

重なり合った山の頂上。

河內(かはち)

旧国名。大阪府南東部の地域。

抗然(かうぜん)

昂然に同じ。意気軒昂な様子。

對揖(たいいふ)

向かい合ってあいさつすること。

金剛(こんがう)諸山(しよざん)

奈良県御所(ごせ)市南西部にある金剛山脈。

(せん)

和泉の国。現在の大阪府南部。

()

紀伊の国。和歌山県と三重県の一部。

()

阿波の国。現在の徳島県。

浩波(かうは)

大きな波。

(たう)

きれいに洗い流すこと。

南溟(なんめい)

南の海。

淡路島(あはじしま)

瀬戸内海の東部にある瀬戸内海最大の島。明石海峡で本州と隔たり、鳴門海峡で四国と隔たっている。現在は明石海峡大橋(パールブリッジ)および大鳴門橋により、本州・四国をつなぐ神戸淡路鳴門自動車道が開通している。

和田(わだ)(みさき)

神戸市兵庫区にある岬で、平清盛が創始したとされる兵庫港がある。現在は「和田岬」と表記する。

湊川(みなとがは)

神戸市の中心部を流れていた川。楠正成・新田義貞らが足利尊氏と戦って敗れた場所である。現在の川は、明治中期に水害対策のため西側へ付け替えられた。元の河川敷であった場所に、湊川公園や新開地(地名)が作られた。

生田川(いくたがは)

神戸市中央区を流れる川。水源は布引貯水池となっており、布引の滝を経て、神戸港に注いでいる。当時の川は、現在の神戸市役所前を通るメインストリート(フラワーロード)の位置にあったため、摩耶山から眼下に川が見えたはずである。しかし、天上川で水害が多かったため、幕末から明治初めにかけて付け替え工事が行われ、元の河川敷は埋め立てられてフラワーロードとなり、川は東側に移った。現在、下流の河川敷には生田川公園が整備されており、春には桜の名所としてにぎわっている。

源豫州(げんよしう)

源義経(1159-1189)のこと。「伊予守(いよのかみ)」の官職にあったことから、「予(豫)州」と呼んだもので、官名での呼称である。源義経が「敵を走らせた(敗走させた)所」とは、鵯越(ひよどりごえ)のことで、神戸市須磨区の鉄拐山から一ノ谷にぬける辺りであると言われている。(現在の地名「鵯越」は、古戦場とは別の場所といわれている。)

楠河州(なんかしう)

楠木正成(1294?-1336)。「河内守(かわちのかみ)」の官職にあったことにより、「河州」と官名で呼称したもの。「義に殉ぜし所」とは、湊川の古戦場であり、その終焉の地は現在湊川神社の境内にある。

阨塞(あいさい)

狭い所に築いた砦。

面勢(めんせい)

本来は「曲面勢」とすべきところで、事物の曲直や形勢のこと。

源委(げんゐ)

川の源と河口。

(けい)

ここでは『論語』のこと。

(くる)しみて(まな)

行き詰まって困った挙句に、学問をすること。『論語』季氏篇に「生而知之者、上也。学而知之者、次也。困而學之、又其次也。」(生まれながらにして之を知る者は、上なり。学びて之を知る者は、次なり。困しみて之を学ぶ、又其の次なり。)とあるのによる。

(たの)しみて(もつ)(うれ)ひを(わす)

『論語』述而篇にある。道を得れば、その楽しみで一切の心配事を忘れてしまうこと。

2012年4月30日公開。