日本漢文の世界


游箕面山遂入京記現代語訳

箕面山を見物して京都に入る

齋藤 拙堂
 私は摂津に来てからすでに十日あまりになり、いよいよ京都へ行くことにした。ずっと以前から箕面の景色は近畿第一と聞いていたので、京都へ行く前に、まわり道をして、箕面を見物することにした。今回の箕面行きも早崎子信が同行してくれた。
 9月27日の午後に大阪を出発して北東の方向へ歩き、長柄川(ながらがわ)を渡って、5里(約20キロメートル)ほど行ったところで、箕面山のふもとに着いた。

箕面山の入り口 日本漢文の世界
箕面山の入り口。
2010年11月28日撮影

 くねくねとした道を登ってゆくと、広広とした瀧安寺(ろうあんじ)の境内にたどりつく。清らかな谷川は走るように流れ下り、その上に赤い欄干の橋がかかっている。このあたりは、竹と松が入り混じっていて、すこし進んでは暗い山道をくねくねと曲がってゆくのである。なかなか趣があって楽しめる。

瀧安寺 日本漢文の世界
瀧安寺。
2010年11月28日撮影

 ただ、着いたときには日暮れになっていたので、寺の門は閉じられていた。そこで門前にある茶店に泊めてもらった。茶店の裏は谷川なので、夜もすがらせせらぎの音が絶えず、ここちよい響きが枕元に聞こえてくる。次の朝、寺の門が開いた。観音堂からすこし先へ行くと、左右に石段があり、左が行者堂、右が弁天宮である。これらの諸堂をまとめて瀧安寺というのである。境内は一面の紅葉に霜が降り、その濃い赤色は川と岩の間に、模様のように入り混じっている。時どき、落ち葉がまるで錦のように波に揺られ遠くへと流れ去ってゆくのが見られる。箕面の美しさは京都の高雄以上だと評判に聞くが、まったくそのとおりだ。

唐人戻り岩 日本漢文の世界
唐人戻り岩。
2010年11月28日撮影

 寺の後門から出て、山道に沿って登ってゆくと、紅葉はなくなり、代わって松林となる。水流が尽きたところには、石が現れる。その中に、巨大な岩がそびえたっていた。屋敷のような大きさである。この岩は「唐人戻(とうじんもどり)」という名前が付いている。「戻」という字は、「帰る」という意味で使われている。言い伝えによると、昔外国人が箕面見物にやってきたが、この岩のところまで来て、危険を恐れて帰ってしまった。それで、この岩が「唐人・・つまり外国人・・戻り」と名付けられたのだという。

箕面大滝 日本漢文の世界
箕面大滝。
2010年11月28日撮影

 ここから更に奥へと進めば、大きな音がゴウゴウと山や谷を揺るがしている。道を曲がると、はるか遠方に滝が絶壁にかかっているのが見えてきた。長さは200尺(約30メートル)ばかりであろうか。しぶきは空に舞い上がり、躍るように、なげうつように、落ち下り、滝壺の底にまで落ちてから、逆流してくる。その大音響はいかづちのようだ。滝のそばに御堂があったので、子信といっしょに登って、滝を見た。あまりの迫力に心は凍りつき、恐怖を感じた。長くは見続けることができず、早早にその場を立ち去った。「近畿の滝は、那智の滝が一番、この滝が二番」との評判は、的確だと思う。

箕面大滝 日本漢文の世界
箕面大滝。
2010年11月28日撮影

 この滝はまっすぐに水が落ちて、少しもまわり道がない。(神戸の)布引の滝に比べると、その趣があるところは、それぞれ異なっている。くねくねと曲がる布引の滝は、その曲がりくねるところがよいわけで、さながら気のきいた小品の文章のようだ。まっすぐに落ち下るこの滝は、その勢いに乗って奔放なところがよいわけで、さながら大長編の文章である。文章はまっすぐな表現をするより曲折があるほうがよいという人もいるが、あながちにそうも言えないであろう。ともかく私は布引・箕面の二つの滝を見て、文章に長大編と小品の二種類があることを再認識した次第である。

箕面大滝 日本漢文の世界
箕面大滝。
2010年11月28日撮影

 さて、その御堂の右側から石段を登って、滝の頂上へ行った。滝の頂上の部分は3丈(約10メートル)四方のくぼみがあり、あおあおと水がみなぎっている。そのくぼみには上流から水が流れ込んでおり、底の深さは測ることができぬほど深い。ここが滝の源流である。瀧安寺の後門からここまで全部で18町(約2キロメートル)である。ここから更に1里(約4キロメートル)ほど歩けば勝尾寺(かつおうじ)に着く。勝尾寺の中堂には観音菩薩が安置されて、西国三十三ヵ所のひとつとなっている。

箕面公園の紅葉 日本漢文の世界
箕面公園の紅葉。
2010年11月28日撮影

 勝尾寺の前門を出て坂を下り、50町(約5.4キロメートル)ほど歩けば、郡山の宿場である。ここから更に北上して京都に入った。その後数日してから、高雄と東福寺を見物した。この二つの地区の紅葉は京都一であり、名所といわれている。しかし、それらを見ても、私はやはり箕面の紅葉のすばらしさを忘れることはできなかった。

2010年5月1日公開。2011年1月1日写真を追加。