日本漢文の世界


熊説現代語訳

熊の話(直喩)

斎藤 竹堂
 中国では猛獣といえば虎だが、わが国には虎はいない。わが国で猛獣といえるのは、熊だけだ。熊は穴に棲んでいて、春になると出てくるが、冬になるとまた穴にこもってしまう。この熊を捕らえるには、薪を穴の入り口に積み上げる。熊は怒って、その薪を自分の後ろ側に移動させる。そこで、また積み上げる。すると熊はまたそれを後ろに移す。何回もやっているうちに、穴のなかは薪だらけとなり、熊は穴に入ることができなくなって、全身が外に出てしまう。そこで生け捕りにして縛りあげ、撃ち殺す。もし熊が穴の深いところに隠れていたら、孟賁や烏獲といった昔の勇者たちでも、ひっぱりだすことはできまい。それなのに、一時の怒りに耐えられなかったために、自分で逃げ込むところを塞いでしまい、つまらぬ田舎者に殺されるのだ。なんとも悲しむべきことである。
 しかし、熊は、言うにかいなき獣にすぎない。不審なのは、世人の行いにも、熊に似ていることだ。熊は死んでも皮は敷物、胆は薬になって、物の役に立つが、人は死んだら骨は朽ち果て、肉は腐って、何も残らない。熊にも劣るということだ。浅ましいかぎりである。

2002年8月31日公開。