熊の説
齋藤 竹堂
西土の獸は猛きこと虎に如くは莫し。而れども我には有ること無き也。我の獸は、號して猛しと爲す者は熊耳。熊は穴に藏れ、春は出で冬は蟄る。人捕へんと欲すれば、薪を穴の口に積む。熊便ち怒り、取りて之を尾に移す。復之を積む。亦初の如し。之を久しうして穴の中は皆薪となる。熊跧伏する所無く、全身皆出づ。人之を擒縛し、撾ちて之を殺す。向に熊をして深く穴の中に居らしめば、孟賁の勇、烏獲の力有りと雖も、孰か敢て之に攖れん。今乃ち一怒に勝へず、其の所を失ひて、山野匹夫の手に死するを致せり。良に悲しむ可き已。
然れども彼は獸也。言ふに足る者無し。獨り怪む、世人の爲す所も、亦此れに類する者有るは何ぞ哉。熊は死すと雖も、皮は茵褥と爲り、膽は藥餌と爲る。尚ほ用に適するに足れり。人は死して骨朽ち肉爛れて而して止む。是れ乃ち熊にすら之れ若かざる也。噫。
2002年1月14日公開。