日本漢文の世界


義人吳鳳解説

 台湾に伝わる「吳鳳伝説」を、近代の碩学、岡田正之博士が漢文で簡潔に記された文章です。「吳鳳伝説」は、戦前にはわが国の教科書にも取り上げられ、非常に流布した話です。台湾では最近まで教科書に載っていたそうです。
 吳鳳は、二百年ほど前の清国の通詞(通訳)で、阿里山郷での漢人と原住民・ツオウ族の商取引(物物交換)を仲介していました。彼はツオウ族の首狩り風習をやめさせるために、自己の生命を犠牲にし、ツオウ族の人たちは、彼の命を捨てての教化によって、首狩りをすっかりやめました。吳鳳はにくむべき悪習をやめさせた英雄なのです。
 しかし、「非情の山地(台湾原住民小説選)」(下村作次郎監訳、田畑書店、1992年)に収められた、「吳鳳の死」(胡台麗 作)、「マナン、分かった」(田雅各 作)という2つの小説を読んでみると、台湾原住民にとって吳鳳は決して英雄ではないことがわかります。台湾原住民の人人は、ほとんど全員が、小学校で「吳鳳を殺した蕃人」と言われていじめられる経験をするため、吳鳳に対して敵意さえ懐いているのです。それに、吳鳳はツオウ族を騙した悪い漢人の一人だから、殺されて当然だったというのです。最近、吳鳳伝説は民族差別を助長しているとして、台湾の教科書から削除されたそうです。
 しかし私はやはり、昔の伝説にあるとおりの義人として、吳鳳を紹介したいと思いました。わが国でも、数数の腐敗や悪習がありますが、それらをやめさせるのは、たいへんな事です。正義を貫こうとすれば、大きな抵抗にあうことは、文明・非文明を問いません。命をかけて正義を貫くことのできる人は、今も昔もまことに少ないのです。この話はそういう観点から取り上げるものであり、決して民族差別的な意図は無いことを、ご理解いただきたいと思います。

2002年11月10日公開。