石坂 空洞
新聞記者は天下の耳目爲り。故に萬巻の書を讀み、萬里の路を行く者に非ずんば、則ち不可なり。然るに能く讀む者は未だ必ずしも能く行かず、能く行く者は未だ必ずしも能く讀まざる也。其の能く之を兼ぬる者は、敬香散史、豈に其の人ならん乎。
散史、夙に萬巻の書を讀み、萬里の路を行く。耳にする所は博く、目にする所は廣し。以て天下の耳目と爲るに足れり。散史嘗て静岡新聞に從事し、又山陽新報に主幹たりき。是を以て名聲籍甚、遠邇に噪し。頃日又復神戸新報に轉任す。其の去るに臨んで、近著『晴吟雨哦集』一巻を郵寄し、序を余に徴す。展て之を閲するに、外は則ち物候・世態、内は則ち樂事・苦境。目の視る所、耳の聽く所、皆諸詩に寓し、得る所凡そ若干首。其の意の寓する所は、盡く天下の事を論ずるに非ざるは莫き也。余曰く、散史已に萬巻の書を讀み、萬里の路を行き、天下の事を論ず。果して能く此の如し」と。
余も亦少小漫遊を喜び、鴻爪・浪遊の跡、天下に遍し。萍水・浪交の友、海内に滿つ。而るに未だ萬巻の書を讀む能はず。憾む可しと爲す。今や老大。往事を回顧すれば、徒に一の散脚道人なる耳。噫。
2008年9月21日公開。