日本漢文の世界


岩倉村瘞髪碑語釈

岩倉村(いはくらむら)

現在の京都市左京区岩倉。

右大臣(うだいじん)

太政大臣(常設ではない)、左大臣(常設)に次ぐ高位の職。左大臣不参の時は代理を務める。また、左大臣が摂政や関白を兼ねるときは、その命を受けて政務全般をつかさどった。大化の改新以来の官であり、明治18年(1885年)の太政官廃止まで続いた。岩倉公は、明治4年(1871年)に右大臣に任じられ、逝去直前までその職にあった。

岩倉公(いはくらこう)

明治維新のときに活躍した公家政治家・岩倉具視(いわくら・ともみ、1825-1883)。薩摩藩の大久保利通らとともに倒幕を画策し、王政復古を成し遂げた。明治4年、右大臣に任じられ、同年特命全権大使として欧米を巡察した。帰国後、大久保利通とともに西郷隆盛の征韓論を退けたが、その結果、西郷は下野し、西南戦争を起こした。その後、明治政府の実力者として、憲法制定などに力を尽くした。明治16年(1883年)胃癌により死去。死後、太政大臣、正一位を追贈された。

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身分が低い。卑賤である。 

棲息(せいそく)

しばらく留まる。逗留する。 

(けん)

罪により処罰を受けること。このとき岩倉公は幕府の公武合体工作に協力し、皇女・和宮(かずのみや)の降嫁を実現させたため、尊攘派から攻撃され、失脚した。文久2年(1862)、岩倉公は岩倉村に隠棲し、友山と号した。隠棲中に三条公や大久保らとともに王政復古の策を練った。

幽居(いうきよ)

隠棲すること。山野などに隠棲して、世間のことに関わらないこと。 

時事(じじ)

国内外で起こる諸事件。

(きふ)

さしせまっている。一刻を争うほどの状態である。

茅堵(ばうと)

かやぶきの垣根で囲われた質素な家。 

蕭然(せうぜん)

あれはてて物寂しいさま。陶淵明の『五柳先生伝』に、「環堵蕭然、不蔽風日。」とある。 

達觀(たつくわん)

あまねく見渡すこと。 

世變(せいへん)

世の中の情勢変化。 

忠義(ちうぎ)()

忠臣義士。ここでは幕末の志士。志士たちは、天皇家に忠義を誓い、幕府を排斥し、攘夷を唱えた。 

糾合(きうがふ)

召集し、一つにまとめること。 

太政大臣(だじやうだいじん)

明治政府の国務長官。明治4年(1871年)の廃藩置県後に置かれ、三条実美公が任命された。この官は明治18年(1885年)に廃止された。「だいじょうだいじん」と読んでもよい。 

三條公(さんでうこう)

三条実美(さんじょう・さねとみ)公(1837-1891)は、名門三条家の出身で、孝明天皇の側近であった。急進派公家の中心的存在として、長州藩と協力し尊皇攘夷の運動を起こしていたが、文久3年(1863年)8月18日の政変によって、公武合体派の巻き返しに破れ、他の六人の尊攘派公卿とともに長州藩へ逃れた。(いわゆる七卿落ち)。三条公は結局王政復古のときまで山口に滞在していた。

間使(かんし)

スパイのこと。 

朝紳(てうしん)

高位高官の人のこと。ここでは、公卿のこと。 

同心(どうしん)

志を同じくすること。 

参議(さんぎ)

明治政府の官職。太政大臣、左大臣、右大臣に次ぐ高官。

大久保(おほくぼ)

大久保利通(1830-1878)のこと。薩摩藩出身。ここでは「参議」となっているが、のちに大蔵卿、内務卿を歴任。ここで「参議」としたのは、三条公が太政大臣だったときに大久保公が参議の地位にあったからである。明治新体制の確立に最も貢献した優れた政治家だが、暗殺に斃れた。 

廣澤(ひろさは)

広沢真臣(ひろさわ・さねおみ、1833-1871)のこと。木戸孝允とともに長州藩出身の功臣として、明治政府に参画したが、暗殺された。

往來(わうらい)

交際すること。 

籌商(ちうしやう)

画策すること。

(じゆく)

ここでは、十分計画が練り上げられた状態になること。

(しよ)

天子への奏上文。去声に読む(shù)。

中興(ちうこう)

劣勢を盛り返して、再び盛んになること。ここでは、王室中興、つまり武家の支配体制を廃し、天皇家が再び日本の中心となること。

密旨(みつし)

秘密の指令。これは慶応3年10月14日の「倒幕の密勅」のこと。この密勅は同日薩摩藩・長州藩の両藩に下されたが、これを計画したのは岩倉公であるといわれている。

(ちう)

ここでは朝廷のこと。

禁掖(きんえき)

宮中。天皇陛下の御座所。

丁卯(ていばう)十二月(じふにぐわつ)九日(ここのか)(こと)

丁卯とは「ひのと・う」で、慶応3年のこと。慶応3年12月9日のこととは「王政復古の大号令」。王政復古の大号令は、政治クーデタであった。岩倉公は大久保ら薩摩藩士と謀り、御所をかためた上で、明治天皇の御前において宣言を発した。

一囊(いちなう)

一袋。

禁內(きんだい)

禁中に同じく、天皇の御座所。すわわち御所のこと。

大號(だいがう)

「王政復古の大号令」のこと。

宣布(せんぷ)

公示される。この語は「宣言流布」の意味でも使いますが、この文では、この日に公示したことを指している。

(せつ)(くわん)將軍(しやうぐん)以下(いか)(しよく)

「摂」とは「摂政」、「関」とは「関白」。この二つは朝廷の職だが、次の「将軍以下」とは幕府のこと。狙いは幕府廃止にあった。

文武(ぶんぶ)諸官(しよくわん)

王政復古においては、総裁、議定、参与の三職が新たに任命された。総裁には有栖川宮熾仁親王が就任した。岩倉公は参与に連なった。

機務(きむ)

機密で重要な事務。

倥傯(こうそう)

緊迫した状況にあること。 

閫外(こんぐわい)

軍事関係の任務。「閫」はもともと城郭の意味で、城郭の外は「将軍」が責任を持つということから、「閫外」は軍事を意味するようになった。王政復古後も、戊辰戦争や西南戦争があり、戦乱が続いた。

(きよく)(あた)

直接の責任を担って、職務を行うこと。

稽失(けいしつ)

とどこおり、失敗すること。

閑居(かんきよ)

なすこともなく、静かに過ごすこと。

大駕(たいが)

天皇陛下のこと。(もとは天子の乗り物という意味。)

(ひがし)

東京のこと。明治2年に政府が京都から東京に移り、事実上の遷都が行われた。

台寄(たいき)

天皇陛下の付託(または任命)。「朝寄」ともいいます。

暇時(かじ)

ひまで何事もない時。

前日(ぜんじつ)

「昨日」という意味ではなく、「以前」ということ。ここでは明治政府成立前のこと。

宛然(ゑんぜん)

そっくりそのまま。

眼目(がんもく)

ここでは文字通り「目」という意味。目の前に岩倉村の風景が髣髴してくるということ。

西京(せいきやう)

京都のこと。江戸が「東京」になったので、京都のことを「西京」と呼ぶことがある。

父老(ふらう)

人望のある老人のこと。ここでは岩倉村のおもだった年寄りのこと。

飲宴(いんえん)

宴会を設けて酒を飲むこと。

(きう)(じよ)

旧交を温めること。

子弟(してい)

後輩のこと。

世故(せこ)

世間一般のこと。世事。

權勢(けんせい)

権力と勢力。

名節(めいせつ)

名誉と節操。

浩然(かうぜん)

ゆったりとした様子。

(やまひ)(あらた)まる

病状が急変する。危篤状態になること。

(へう)

臣下が天子に対してたてまつる文章。

(くわん)()

官職を解職(または辞任)すること。

(せつ)()

節操を固く守ること。

臣子(しんし)()

「臣子」は、臣下の天子に対する自称。臣下としての義理。

(ふた)つにせず

違背しない。

史臣(ししん)

はじめ、重野成斎(しげの・せいさい)博士が岩倉公の碑文作成を委嘱されたが、明治43年12月に死亡したため、小牧桜泉(こまき・おうせん)博士が引き継ぎ、大正11年に成稿した。

(いし)

「岩倉公神道碑」は実際には石ではなく銅碑。

(ろく)

文字を刻みこむこと。

幽棲(いうせい)

世を避けて静かに住まうこと。隠棲。

眷戀(けんれん)

思い慕うこと。

元功(げんこう)偉勳(ゐくん)

国家のために尽くした、大きな功績。

屯困(ちゆんこん)

悩み苦しむこと。 

2006年10月1日公開。