日本漢文の世界


心理新説序解説

 この文章は、明治15年(1882年)、井上哲次郎博士が28歳のときに刊行した訳書『倍因氏心理新説』の序文として書かれたものです。この訳書を発刊する前年に、博士は有名な『英独仏和・哲学字彙』を刊行したばかりで、自分こそがわが国における西洋哲学の本格的紹介者になるのだ、という非常な自負が感じられます。そのためか、この序文も原著の内容や原著者に触れることはほとんどなく、西洋・東洋の哲学史を概説し、哲学の振興こそが科学を発展させるもとであり、哲学を学ぶ階梯として必要な心理学を初学者に学ばせるために、自分が原著の内容を取捨選択してこの本を作ったのだ、と強烈な自己主張をしています。
  博士は本書刊行の2年後、ドイツへ6年間の留学をすることになるのですが、その直前の、前途洋洋たる青年哲学者が、哲学にかける意気ごみを縦横に述べつくした好文章です。
 西洋哲学の権威であった井上博士は、東洋思想に対する造詣も深いものがあり、この文章の後半部分にもその一端が現れています。後年、博士は東洋・西洋の哲学統合に努力されることになりますが、この文章に既にその端緒が見えています。

2003年2月23日公開。