帆足 愚亭
翁・媼の同居する者有り。翁野に樵して狸を獲、生きながら縛して之を梁上に懸く。將に出で行かんとし、媼に謂へらく、「狸を殺して羹を爲り、粟を炊きて以て我を待て。」と。已にして行けり。
媼粟を舂くこと苦し。狸梁上從り媼に謂つて曰く、「媼盍ぞ暫く我が縛を解かざる、我媼に代りて舂かん。」と。媼以て然りと爲し、其の縛を解きたり。狸俄に媼を臼中に推し、杵を擧げて之を舂き殺す。其の股を割きて羹を爲り、屍を竈の後に置きて、自ら媼と爲りて粟を炊きて以て翁を待つ。
翁至り、羹を食ひて之を甘しとす。狸時に微誦すらく、「盍ぞ竈の後を視ざる。」と。翁之を視れば、媼の屍在り。怒りて之を擊つ。狸傷つき且つ走れり。之を追へども及ぶ能はず。
翁狸に報いんと欲すれども、計出る所無く、前山の兔公に謀る。兔公曰く、「吾子の爲に之を報いん。」と。
狸傷を病みて臥す。兔公即ち醫と爲りて以て謁し、蕃椒を舂きて瘡に傅く。瘡大に痛む。兔公曰く、「子の病甚し。焉ぞ出遊して以て之を解かざる。」と。
乃ち豫め二舟を江上に具へ、自ら其の木舟に乘り、枻を鼓して曰く、「泛泛たる乎木舟也。」と。狸をして土舟に次乘せしむ。枻を鼓して曰く、「泛泛たる乎土舟也。」と。未だ岸を離れざるに、沈溺して死せり。
2003年1月19日公開。