日本漢文の世界


幼穉園記語釈

(ひと)(せい)(ぜん)なる()

「性」とは本性、すなわち生まれながらの性質。これはそもそも善なのか悪なのか、古来「性善説」(孟子など)と「性悪説」(荀子など)の対立がある。

少成(せうせい)天性(てんせい)(ごと)し云云

子供のときの習慣は、生まれながらの性質のようになってしまうこと。『孔子家語』の卷九、七十二弟子解に「然少成則若性也。習慣若自然也。」とあるのがもともとの出典だが、『顔氏家訓』の教子篇にここに引用された形で出ている。 

(よもぎ)麻中(まちう)(しやう)ずれば云云

蓬(よもぎ)はまっすぐに伸びず、横に広がるように生える草である。しかし、麻畑の中に生えると、まわりの麻がまっすぐに伸びるので、棒などで支えてやらなくても蓬はまっすぐ伸びる。人間も同じで、ひねくれた性格の者でも、まっすぐな人達の中にいれば、自然と正直な気持ちが出てくる。外界の影響は、とくに成長期の子供にとっては甚大なものがある。『荀子』勸學篇にある言葉。 

(すな)泥中(でいちう)()れば云云

これも「朱に交われば赤くなる(近朱者赤、近墨者黒)」という意味だが、出典不明。仏典で、「蓮華」の徳の一つに「汚泥不染」というのがあるが、その逆の発想。 

孟母(まうぼ)三遷(さんせん)

孟子の母親は、子供(孟子)の教育環境を考えて、墓地の近く、市場の近く、学校の近くと、三回も引越しをした。このことから、「孟母三遷」は、親が子供の学習環境を整えようと苦心することを形容する言葉として使われるようになった。なお、孟母の話は『列女伝』に出ている。 

弗列別(フレーベル)()

フレーベル(Friedrch Wilhelm August Frobel, 1782-1852)はドイツの教育家。中国では「福勒貝爾」と音訳する。1840年に、ブランケンブルク(Blankenburg、音訳は「布郎根堡」)に世界最初の幼稚園(Kindergarten)を開いた。彼はドイツ理想主義の影響を受け、母性教育・幼児教育を重視した。現在でも、幼児教育に関わる人にフレーベルの名を知らぬ者はいないといわれ、『母の歌と愛撫の歌』、『幼稚園教育学』などの著書が読みつがれている。 

幼穉園(えうちゑん)

ドイツ語「Kindergarten」の訳。この訳は、日中両国で使われていた。現在では、台湾では「幼稚園」だが、大陸では「幼児園」といっている。 

()()

前出の「弗列別氏」(フレーベル氏)の略。 

童穉(どうち)(いま)(がく)()(あた)はざる(もの)

「童稚」は児童のこと。就学前の児童。つまり、7歳になる前の児童のこと。 

遊戲(いうぎ)

あそびのこと。また、幼稚園で一定の規則のもとにあそばせることを「お遊戯」と称している。 

(はう)()

一定の規則がないこと。 

禮容(れいよう)(まう)

礼儀正しい態度で行う。 

歌詠(かえい)

詩文を歌唱して、情感を述べること。ここでは「歌う」こと。 

就學(しうがく)()()

小学校に上がって学習できるだけの素地を作る。

通邑(つういふ)大都(だいと)

大都市。

郷校(きやうかう)黨序(たうじよ)

(地方の)学校。「表裏を相爲す」とは、幼児を教える幼稚園と、児童を教えるこれらの学校が表裏一体となって、子供の教育にあたっているという意。

教化(けうくわ)

教え導いて感化すること。

明治(めいぢ)九年(きうねん)六月(ろくぐわつ)

実際には明治9年6月に、設計が決定して建設に取りかかったもので、開園は明治9年10月16日である。ただし、実質上の開園式は、翌明治10年11月27日、皇后、皇太后両陛下をお迎えして行われた。

(ゑん)

東京女子師範学校(現・お茶の水女子大学)の付属幼稚園として国が作った、わが国最初の幼稚園。

湯島(ゆしま)

東京都文京区にある町。幼稚園があったのは、現在東京医科歯科大学病院があるところで、東京女子師範学校の敷地の西北隅である。

(はう)若干(じやつかん)(きう)

「方」とは正方形で、その一辺が「若干弓」の長さである。「若干」はいくばくかということ。「弓」は、5尺に当たるので、約1.6メートル。実際の建坪は225坪であった。

石室(せきしつ)

石造りの家屋。この幼稚園は、当時まだめずらしかった洋館であった。

花卉(くわき)

花の咲く草花のこと。

風氣(ふうき)透通(とうつう)

「風気」とは風のこと。風通しを良くしてある。

師範學校(しはんがつかう)

明治5年(1872年)、湯島の昌平黌跡地に創立されたもので、のち、東京高等師範学校・東京文理科大学となり、戦後に東京教育大学となった。現在の筑波大学の前身。

女子師範學校(ぢよししはんがつかう)

明治7年(1874年)湯島の師範学校隣に創立。昭和7年現在の場所に移転。戦後、「お茶の水女子大学」と改称した。

鉅構(きよこう)

大きな建物。

巍然(ぎぜん)

高く聳え立つようす。

三區(さんく)(あひ)(のぞ)

「三区」とは、幼稚園と師範学校、女子師範学校の三つの学校。これらの学校の区域が隣接していることを言っている。

神田川(かんだがは)

東京西部を流れ、隅田川に流れ込んでいる小さな川。

駿臺(すんだい)

神田の駿河台のこと。幼稚園の側からみると、神田川の向こう岸になる。駿河台の高台は士族屋敷の並ぶ高級住宅街であった。一方、低地の部分は代表的な下町として知られている。

寬敞(くわんしやう)

ひろびろしていること。

爽塏(さうかい)

乾燥した高台。「塏」は「ガイ」と濁って読んでもよい。

保姆(ほぼ)二人(ふたり)

主任保母には、ドイツ人であった松野クララ(クララ・チーテルマン)という人を迎えた。この人は農商務省の役人であった松野磵(まつの・かん)がドイツ留学中に結婚した女性で、フレーベルから直接保育法の伝授を受けた人である。もう一人の保母として、藤田東湖の姪にあたる豊田芙雄(とよだ・ふゆ)という婦人を迎えた。

助手(じよしゆ)三人(さんにん)

近藤浜(こんどう・はま)という保母と、山田、大塚という助手がいたことが分かっている。 

三科(さんくわ)

三科目。

彩繪(さいくわい)

器物の上に描かれた彩色画。

丹青(たんせい)

絵画のこと。

心目(しんもく)

心と目。

連環(れんくわん)

ここでは「知恵の輪」のこと。 

三角木(さんかくぼく)

積み木のこと。

撫玩(ぶぐわん)

手で触ってあそぶこと。

拜跪(はいき)

ひざまずくこと。「ごあいさつ」

周旋(しうせん)

立ち居振舞い。

有司(いうし)

官吏。

三群(さんぐん)

三つのクラス。「群」は「班」としてもよいところ。

(かずとり)

数を数えるのにつかう竹の棒。今の小学校では「数え棒」といっている。

畫板(ぐわばん)

ここでは、絵を書くための、石盤のようなものを指している。(ふつうは画用紙を固定する板の意味。)

諷詠(ふうえい)

諳記した歌詞を歌うこと。

搖蕩(えうたう)

揺り動かすこと。

熙熙然(ききぜん)

和らぎ楽しんでいる様子。

埋鬻(まいいく)

「埋」は埋葬、「鬻」は鬻売(イクバイ)すなわち売ること。これは「孟母三遷」の故事で、家が墓の近くであったとき、少年孟子は埋葬の真似ごとをして遊び、家が市場の近くに移ると商売の真似ごとをして遊んだということ。劣悪な環境下で子供が悪習に染まってしまうこと。出典は『列女伝』。ただし、『列女伝』には「埋鬻」という語は見えず、「埋」は「墓間之事」、「鬻」は「賈人衒売之事」となっている。「埋鬻」という語は作者が意を取って作られたものと思われる。

竹馬(ちくば)

「竹馬(ちくば)」は、わが国では「春駒(はるこま)」と称しているもので、竹の棒の先に馬の頭の形を付け、またがって遊ぶ遊具。「竹馬の友」という言葉があるように、子供の遊具の代表的なものであった。因みに、わが国の「たけうま」のような棒に足がかりを付けたものは、「高蹺」あるいは「高蹻」といい、主に芝居や軽業に用いられた。

嬰孩(えいがい)

「嬰児」(乳飲み子)と「孩童」(児童)。

棄才(きさい)

才能があるのに用いられず、見捨てられている人。

五洲(ごしう)

世界全体のこと。五大洲ともいう。亜細亜洲、欧羅巴洲、阿非利加洲、大洋洲、亜美利加洲の五大洲。

2003年7月20日公開。