塩谷 宕陰
あるとき、世継ぎの君・家光は、屋上に子持ちすずめが巣をかけているのを発見し、近習の小姓に捕まえに行かせようとした。ところが、その屋根は大将軍(秀忠)の御寝所の屋根なので、誰も恐がって行こうとしない。そこで、家光は松平信綱を行かせることにした。
「おまえは年がいかないから、体が軽いだろう。だから、行ってこい。」
信綱は、腹を決めて主人家光の命令に従うことにした。信綱は夜になってから、こっそり屋根の上に登り、すずめの巣を探したが、うっかり足を滑らせて中庭に落ちた。「ドサッ」という音が響いた。大将軍秀忠公はおっとり刀で、夫人はろうそくを手にして、中庭に飛び出した。信綱は見つかり、何をしていたのかと厳しく詰問された。信綱は申し上げた。
「私はすずめの子を見つけまして、ほしくてたまらなくなり、こっそり捕まえにきたのでございます。」
大将軍は言った。
「いや。おまえは、誰かに命令されて来たにちがいない。」
何度もきびしく詰問されたが、信綱は絶対に口を割らなかった。大将軍は怒って信綱を大きな袋に入れ、袋の口を縛って、柱にかけさせた。
「本当のことを申せば許してやろう。」
しかし、信綱は袋に入れられても、あくまで主張を曲げず、とうとう夜が明けてしまった。
朝になったので、大将軍は政務のために出ていった。夫人は信綱をかわいそうに思って、そっと袋の口をひらき、たべのこしの物を与えて食べさせ、また口を閉じておいた。昼になって大将軍が部屋に帰ってくると、また信綱を責め立てた。しかし信綱はついに白状しなかった。夫人は大将軍に強くおねがいして、信綱を許してもらった。大将軍は信綱が立ち去る後姿をじっと見つめながら、傍らの夫人を顧みて言った。
「あの子は、幼いのに主人思いで、根性もある。のちのち家光を支える人材になるだろう。」
2002年8月31日公開。