日本漢文へのいざない

 

第一部 日本文化と漢字・漢文

第四章 漢文訓読について




(6)漢文訓読法の特徴2 すべての字を直訳

(b)すべての漢字に直訳を付けようとすること。

 漢文訓読では、基本的には原文の全ての漢字に直訳を付けて読もうとするのが特徴です。

 漢文訓読では、原則として漢字(=単語)は音読みではなく日本式に「和訓」(訓読み)を用いて読みます。例えば「山」という漢字(=単語)は「サン」ではなく「やま」と読みます。とくに一字だけで意味をなす漢字(=単語)は、なるべく和訓で読むことになっています。とくに一字の動詞は必ず和訓を用います。※

 和訓を用いることについて言えば、平安朝には二字以上の語(多くは熟語)にも全て和訓を充てて読んでいたようです(築島裕著『平安時代の漢文訓読語につきての研究』、東京大学出版会、137ページ以下の『日本書紀』古訓)。しかし、後世には、二字以上の熟語は原則として漢音で音読するようになりました。これは、漢語が次第に日本語化したため、そのほうが分かり易くなったためだと考えられます。

※江戸後期の一斎点では一字の動詞でも音読している場合があります→(12)。しかし、一斎点は、書き下し文にすると国語として破綻していたため、一時の流行に終わり、明治以後には用いられなくなりました。

 ここで、実例として『論語』の訓読を見てみましょう。読む順序は、英文訓読のときと同じように、番号で示します。

子曰、学  而時習之、
子(し)  曰(いわ)く、  学(まな)んで(而)  時(とき)に  習(なろ)う  之(これ)を、
123465

不亦説乎。
不(ず)   亦(また)   説(よろこ)ばしから   乎(や)。
97810

⇒子(し)曰(いわ)く、学(まな)んで(而)時(とき)に之(これ)を習(なろ)う、亦(また)説(よろこ)ばしから不(ず)乎(や)。

 「不(ず)」は書き下し文では普通「かな」で書きますが、訓読のときには読む字です。これに対して( )に入れて示した「而」の字は、訓読では読まずに読み飛ばす「置き字」です。「置き字」になるのは、「而」などの連詞や、「於」「于」などの介詞、「矣」「焉」などの助詞です。これらは、独立して意味を表さないため「虚詞」(「助字」ともいう)と呼ばれています。これに対し、名詞、動詞、形容詞などの「実詞」は、「置き字」にはなりません。(ただし、「虚詞」のなかでも副詞だけは、「置き字」にしません。→(17)も参照。)

 もう一つ例を出します。同じく『論語』学而篇から。

曾子曰、吾日三省吾身。
曾子(そうし)  曰(いわ)く、  吾(われ)  日(ひ)に  三省(さんせい)す  吾(わ)が身(み)を
123465

与朋友交 而不信乎。
与(と)  朋友(ほうゆう)  交(まじ)わりて(而)  不(ざ)る  信(しん)なら  乎(か)
213546

⇒曾子(そうし)曰(いわ)く、吾(われ)日(ひ)に吾(わ)が身(み)を三省(さんせい)す。朋友(ほうゆう)与(と)交(まじ)わりて(而)信(しん)なら不(ざ)る乎(か)。

 人名の「曾子」を「ソウシ」と音読するのは当然ですが、「三省」という二字の語を「サンセイ」と音読しています。もちろん、この語については「三たび省(かえり)みる」のように和訓で読むことも可能ですが、このような二字以上の語(多くは熟語)は、今日では漢音で音読するのが普通です。二つ目の文の「朋友」は「三省」のように分解できないので、「ホウユウ」と音読するしかありません。『論語』では、このほかにも「君子(クンシ)」とか「弟子(テイシ)」など、よく出てくる二字の語が、古くから音読されています。



2005年3月27日公開。2025年9月22日一部修正。

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