日本漢文へのいざない

 

第一部 日本文化と漢字・漢文

第四章 漢文訓読について




(17)漢文訓読の問題点の検討3(助字が分からなくなる)

(d)助語辞皆遺漏す

 春台先生は、之乎者也矣焉哉などの「助字」の用法が、訓読してしまうと分からなくなると言っています(勉誠社文庫版『倭読要領』192ページ以下)。助字は「置き字」となることが多く、通常は訓読されないためです。

 しかし、だからといって助字に訓を付けすぎると、かえって訳文をそこなうこともあります。春台先生は、山崎闇斎の学派で、「而」の字は「て」、「則」の字は「れば」という訓を固定していたという例を挙げています。当時の山崎派では、「而」、「則」の字があれば、日本語としてどんなに変になっても、必ず「て」、「れば」と読んでいたそうです。春台先生は、これはあまりにも固陋だと批判しています(同書196ページ)。

 さて、「助字」とは、今日では「虚詞」と呼ばれるもので、「実詞」(名詞、代名詞、動詞、形容詞)に対する総括名称です。「虚詞」の特徴は、補助的な意味しか表さず、単独使用できないことです。「虚詞」には、副詞(甚、最、徒、独など)、介詞(於、于、乎、以など)、連詞(而、且、雖など)、助詞(也、矣、已、耳など)、嘆詞(嗚呼、噫、など)があります。副詞は「半実半虚」、つまり半分「虚詞」であり半分「実詞」であるといわれますが、単独で主語になれないなどの理由で、「虚詞」の仲間に入れられることが多いようです。ただし、訓読で「置き字」にすることがない点は、他の「虚詞」とは違います。※

※伝統的な「実詞」と「虚詞」の区別は、現在行われている区別とは一致しません。なぜなら、「虚詞」(あるいは「助字」)を解説した昔の本には、副詞、介詞、連詞、助詞、嘆詞に加えて、代詞や動詞の一部(「曰」など)も入れられているからです。昔の人は、文法上の作用よりも、実質的意義をもとに虚詞・実詞の分類をしていました。たとえば、「其」や「彼」などの代詞(代名詞)は、その語自体は具体的な意味を表しません。前段の文章を受けて、初めてその指示する内容が決まります。ですから、昔の人は、これらの代詞(代名詞)は、その語自体は意味のない「虚詞」であるとしたわけです。もっとも近現代の学者の中にも代詞を「虚詞」に入れる意見もないではありません。またこれを「半虚詞」とする人もあります。

「虚詞」は「実詞」に比べると意味が軽く、あってもなくても良い場合が多いため、これらを丁寧に訓読しすぎると、日本語としても漢文の直訳としても不適当なことが多いのです。助字を「置き字」として読み飛ばす工夫にも、理由がないわけではありません。



2005年3月27日公開。

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