日本漢文へのいざない

 

第一部 日本文化と漢字・漢文

第二章 漢文と中国語




(13)中国語には方言がたくさんある

  「中国語で漢文を読む」といっても、その「中国語」にはたくさんの方言があります。このことも認識しておく必要があります。

 現在「中国語」と言えば、「普通話(pŭ tōng huà)」と呼ばれる中国の共通語を指しています。これは北京語をベースにしたもので、かつて「北京官話」(英語ではMandarin)と呼ばれていたものです。しかし、中国は広いので、中国語には、たくさんの方言があります。それらの方言は互いの差が著しく、違う方言はまるで別の言語のようでさえあります。

 有名な方言には、「広東語」、「上海語」、「客家(ハッカ)語」、「福州語」、「台湾語」などがあります。返還前の香港では「普通話」は全く通じず、かえって英語のほうがよく通じていました。香港は「広東語」の地域です。「香港」を「ホンコン Hong Kong」と読むのは広東語で、普通話では「Xīang găng」と発音します。発音だけでなく、語彙語法にも大きな違いがあるため、いまでも出身地域が違うと、中国人同士でも話が通じないことがあるそうです。

 私は、中国語を習うのなら「普通話」を習えばよいと思っています。必要のないかぎり特殊な方言を学ぶ必要はありません。しかし、「普通話」での音読は絶対的なものではなく、便宜的なものです。われわれが『源氏物語』を「標準語」の発音・イントネーションで読むようなものです。

 中国人は、それぞれ自分の出身地域の方言で古典を読んでいます。ちょうど私が『源氏物語』を関西弁のイントネーションで読んでいるようなものです。私は関西人なので、『源氏物語』は関西弁で読んだほうがよいと思っています。同様に香港の人は、漢文は広東語で読んだほうがよいと言うでしょう。現に、広東語には「入声(ニッショウ)」の音が残っているなど、普通話にくらべて古代の音韻に近いところがたくさんあるのです。

 たとえば「普通話」では、平声は末尾が上がり調子になりますが、広東語では下がり調子になります。それから、広東語では、上、去、入の音は、平声よりも高い調値になります。そのため、広東語はその昔「平仄」ということが言われ始めたころの原型にちかいかもしれないとの指摘もあります(頼惟勤著『中国古典を読むために』大修館書店、209ページ)。

 「日本漢字音」も中国語の一方言音と見なすことができるでしょうか? 倉石武四郎博士は、日本漢字音は日本語の一種であり、声調もないから、そんなもので音読しても無意味だと決め付けておられます(『支那語教育の理論と実際』、243ページ)。先に、(10)において、日本漢字音に復元声調をつけた読み方を紹介しましたが、これとて音韻が日本語化していることは否定できません。漢文を音読したいのなら、おとなしく普通話の発音を学ぶほうがよさそうです。



2004年11月3日公開。

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