日本漢文へのいざない

 

第一部 日本文化と漢字・漢文

第二章 漢文と中国語




(2)中国語音読入門2(現代中国語との違い)

 ここでは、有名な『論語(ろんご)』の冒頭の文章を、中国語で読み、古文(=漢文)と現代中国語との違いを見てみることにします。

 『論語』という書名は、中国語では「Lún  yŭ(ルンユィ)」と読みます。「論」を「lùn」ではなく、「lún」と読むのは一種の読みならわしで、「異読」といいます。これについては後で述べます。→(11)

 この『論語(ろんご)』冒頭の文章は、たいへん有名なもので、今でも高校教科書に出ていますから、皆さんもご存知だと思います。

 

(原文)

子曰、学而時習之、不亦説乎。

有朋自遠方来、不亦楽乎。

人不知而不慍、不亦君子乎。

 

(中国語で音読) これもカタカナはあくまで参考です。

()  (yūe)、 (xué)  (ér)  (shí)  ()  (zhī)()  ()  (yuè)  ()

ズ ユェ、シュェ アル ス シ ズ、 ブ イ ユェ ホゥ

(yŏu)  (péng)  ()  遠方(yŭanfāng)   (lái)、 () () ()  ()

イォゥ ポン ズ ユェンファン ライ、ブ イ ルォ ホゥ

(rén)  ()  (zhī)  (ér)  ()  (yùn)、 ()  ()  君子(jūnzĭ)  ()

レン ブ ズ アル ブ ユィン、ブ イ ジュンズ ホゥ

 

(訓読) 標準的な訓読に従っています。

()(いわ)く、(まな)んで(とき)(これ)(なろ)う、(また)(よろこ)ばしからずや。

(とも)遠方(えんぽう)より(きた)()り、(また)(たの)しからずや。

(ひと)()らずして(いきどお)らず、(また)君子(くんし)ならずや。

 

(現代語訳) 標準的な解釈に従っています。

孔子がいわれた。「学んだことを、いつも復習するのは、なかなか愉快なことじゃないか。

友達が遠方から訪ねてきてくれたりするのも、楽しいことじゃないか。

人が分かってくれなくても、腹を立てないのは、なんとも立派な人物じゃないか。」

 

 私の後輩に、中国語をずいぶん熱心に勉強している女性がいます。彼女は中国語の検定試験にもチャレンジしている達人ですが、この『論語』の文章を一目みて、

「これも中国語ですか? 私には全く分かりません!」

 と言いました。彼女ほどの人が、本当に「全く分からない」のだろうか、と私はちょっと驚いたのですが、現代中国語と古文(漢文)では、かなり違いがあるのは事実です。現代中国語だけしか習っておらず、 古文(漢文)を読んだ経験がなければ、「全く分からない」ということも、ありうるかもしれません。

 漢文と現代中国語との違いを見ていただくために、原文と現代中国語訳と対比してみます。原文と訳文では、語順などの文の構造は、ほぼ同じですが、語彙は全く違っています。これは、日本の古文、たとえば『源氏物語』と現代文では、文の構造は同じでも、語彙が全くちがうのと似ています。

 

(原文)子曰、学而時習之、不亦説乎。

(現代中国語訳)孔子説,学習知識而常常温習它,不是很高興的事嗎?

(原文)有朋自遠方来、不亦楽乎。

(現代中国語訳)有朋友従遠方来,不是很快楽的嗎?

(原文)人不知而不慍、不亦君子乎。

(現代中国語訳)不被人了解,而不生気,不是真君子嗎?

 

 もうすこし細かく対比してみましょう。「=」は、古文の語彙を現代語の語彙に機械的に置き換えたことを示します。「→」は、機械的な置き換えでは対処できないため、「翻訳」したことを示します。

子=孔子

曰=説(shuō) 

学→学習知識(なにを学んだか、目的語がいります。) 

時=常常

習→温習它(これも目的語を補っています。なお、習之の「之」は、「これ」と読んでいますが、いわゆる再帰代名詞ではなく、リズムを取るための助字にすぎません。吉川幸次郎著『論語 上』、朝日選書、20ページを参照)

不亦・・乎=不是・・嗎?(「不亦・・乎」の「亦」は、ここではごく軽い助字で、意味をもたないため、「也」などに訳する必要はありません。吉川前掲書、20ページ)

説(yuè)→很高興的(事)

朋=朋友

自=従

楽(lè)→很快楽的

人不知→不被人了解(これは「人に分かってもらえない」と、受身に訳するほうが、しっくりします。)

不慍=不生気

君子→真君子(「偽君子」というのもあるので。)

 

 漢文が現代中国語からみると「古文」であり、語彙にかなり違いがあることがお分かりいただけたと思います。



2004年11月3日公開。

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