日本漢文へのいざない

 

第一部 日本文化と漢字・漢文

第五章 読解のための漢文法入門

第3節 主謂短語




(10)主謂賓語(ネクサス目的語)による使令句(使役文)

 主謂賓語(ネクサス目的語)を取る動詞には、もう一つ重要な種類があります。それは祈使動詞です。祈使動詞とは使令句(使役文)を作る動詞です。使令句(使役文)については、特別な訓読をします。

【例句1】

王愷使妓吹笛。(蘇軾『志林』)

(訓読)王愷(おうがい)()をして(ふえ)()使()む。

(現代語訳)王愷(おうがい=人名)は、妓女に笛を吹かせた。

主語(主部)謂語(述部)=述賓短語
謂詞賓語=主謂短語
主詞謂詞賓語
王愷使笛。

 使令句(使役文)の場合は、前節で説明した普通の主謂賓語の句のように、

「王愷、妓の笛を吹くを、せしむ。」

のような読み方はしません。使令句(使役文)の場合にかぎり、上のように、

「王愷、妓をして笛を吹か使(し)む。」

という特別な読み方で訓読します。このような読み方を作った我我の父祖は、使令句(使役文)は、普通の主謂賓語とは形式は同じでも、意味は違うと明らかに意識していたのです。

 使令句を作る祈使動詞は「使」だけではありません。「遣」「命」「令」「教」「請」「召」など多数あります。※

※詳しくは『古漢語語法及其発展』(楊伯峻、何楽士共著、中国:語文出版社)588ページ以下を参照してください。

【例句2】

四方皆遣人購之京師。(蘇軾『司馬温公行状』)

(訓読1)四方(しほう)(みな)(ひと)をして(これ)京師(けいし)(あがな)()む。

(訓読2)四方(しほう)(みな)(ひと)(つかわ)わして(これ)京師(けいし)(あがな)わしむ。

(現代語訳)各地の人人は、皆、人を都へやって司馬温公の肖像画を購入させた。

主語(主部)謂語(述部)=述賓短語
[状語]謂詞賓語=主謂短語
主詞謂詞賓語賓語
四方[皆]京師。

(蘇軾『司馬温公行状』)

※この主謂短語では第二賓語が処所詞になっています。

 「遣」の場合、上のように訓読ではその動詞を「しむ」と読む読み方と、「遣(つか)わして・・・しむ」と「遣」の字を読み込む読み方の二種類の訓読法が行われています。

【例句3】

英宗・・・命公続其書。(蘇軾『司馬温公行状』)

(訓読)英宗(えいそう)(こう)(めい)じて()(しよ)(つづ)けしむ。

(現代語訳)英宗皇帝は、司馬温公に『通志』の続編を書くように命令された。

主語(主部)謂語(述部)=述賓短語
謂詞賓語=主謂短語
主詞謂詞賓語
英宗其書。

 「命」の場合は、使令句以外のネクサス賓語の訓読(前節参照)と同じように「英宗、公の其の書を続けるを、命ず」と訓読してもあまり不自然ではなさそうですが、伝統的に上のように訓読しております。

(参考)一昔前の漢文法教科書では、使令句(使役文)は「兼語式」の句であるとされていました。この用語について一応解説しておきます。
「兼語」というのは、「主語」と「賓語」の両方の役割を「兼ねる」語という意味です。

主語謂語賓語
主語謂詞賓語
王愷使笛。

(現代語訳)王愷は、妓女に笛を吹かせた。
 この句を例に取ると、主謂賓語「妓吹笛」の主語である「妓」は、「王愷使妓」の「賓語」に当っています。よって「妓」は「主語」と「賓語」の両方の役割を兼ねています。これを「兼語」と名づけ、このような形式を取る句を「兼語式」と呼んでいました。
 「兼語式」の句と、知覚動詞による主謂賓語の句との違いは、兼語式の句では、祈使動詞と主謂賓語の主語との結びつきが非常に強い点です。そのために、兼語式の句では、使令動詞の賓語である主謂短語が「之字短語」の形を取ることができません。「王愷使妓之吹笛」とはいえないのです。
 「之字単語」は主謂短語の主語と謂語を一体として名詞化するもので、両者の強い結合関係を示します。「妓之吹笛」となることで、「妓」と「吹笛」は一体化するわけです。しかし、祈使動詞「使」は、その直後の詞(主謂短語の主語=妓)と強く結びつくため、主謂短語の主語としての「妓」が主謂短語の謂語「吹笛」と強く結びつくことを排除してしまうのです。
 こうした関係から、「兼語」ということが言われてきましたが、「兼語式」も「主謂賓語」の一種であることに違いはないため、最近は漢文法教科書の項目から消えつつあります。



2007年7月16日公開。

ホーム > いざない > 漢文と日本文化 > ネクサス目的語による使役文

ホーム > いざない > 漢文と日本文化 > ネクサス目的語による使役文