日本漢文へのいざない

 

第一部 日本文化と漢字・漢文

第五章 読解のための漢文法入門

第3節 主謂短語




(5)之字短語がネクサスとなる場合

 前節から「之字短語」が出てきましたが、ここからが本題です。前節の「之字短語」は構成要素に主謂短語(ネクサス)があるというだけで、「定中短語」でした。

 しかし、ここで紹介するのは、「之字短語」そのものが「主謂短語」(ネクサス)となる場合です。これは漢文では非常に大事な語法です。

 「之字短語」が「主謂短語」となる場合は、「之」字の前の詞が主語、「之」字の後の詞が謂語(述語)の働きをしています。※

※許仰民氏は、こうした主謂短語を「関渉詞組」と名づけています。同氏著『古漢語語法新編』(中国:河南大学出版社)228ページ以下を参照。

 「之字短語」が「主謂短語」となっているとはどういうことでしょうか。実例として『老子』の有名な句を見ていただきましょう。

【例句】

人之生也 柔弱。(『老子』第76章)

(訓読)(ひと)()まるる()柔弱(じゆうじやく)なり。

(現代語訳)人は生まれたときは柔らかくて弱い。

 上の句の之字短語「人之生」は「人」(主語)が「生」(生まれる)ということで、「之」字の前の字が主語、後の字が謂語(述語)というネクサスになっています。

主語(主部)=主謂短語(之字短語)謂語(述部)
主語(之字)謂語(也字)
柔弱。

「之字短語」が主語になっている場合の訓読の図式は、次のようになります。

A之B也C
主語謂語
A の B するやCなり。

 訓読では、「之」は偏正短語のときとおなじく「の」と読みます。また、主語を「AのBする」と読んだ後に「や」という助詞を加え、後に続く謂語の部分と区切るのが特徴です。原文には「也」という字がないこともありますが、訓読では「や」を入れて読みます。

 参考のために英訳を掲げてみます。ネクサスの形をとる之字短語は、ちょうど英語のネクサス名詞(nexus substantive)のような働きをしていると考えられます。

 ネクサス名詞とは、たとえば「He arrived」というネクサスを「His arrival」のように名詞化するものです。漢文の「之字短語」は、「之」字で主語と謂語を結合して一つの名詞性短語を作っているものと考えることができます。これは一種のネクサス名詞といってもよいと思います。

人之生也柔弱。
主語謂語
人の生まるるや柔弱なり。
Newly born babies are soft and weak.

※李佐豊著『古代漢語語法学』(中国:商務印書館、340ページ)も参照。



2007年7月16日公開。

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