漢文では、謂詞の後ろに置かれた実詞(短語)は賓語です。次のものは英文法の類推から「状語」ではないかと思えるのですが、漢文法では賓語と考えます。
【例句1】
吾不食三日。
(訓読)吾食らわざること三日。
(現代語訳)私は三日間何も食べていない。
(参考英訳)I've eaten nothing for three days.
「三日」は英訳では「for three days」であり、「三日の間」という時間を表していますから、英文に慣れた者には「状語」のように思えます。しかし、ほとんどの中国の漢文法の教科書では、これを「賓語」としています。(たとえば楊伯峻・何楽士『古漢語語法及其発展』、中国:語文出版社、547ページを参照。)これは「時間賓語」と呼ばれます。
主語(主部) | 謂語(述部)=述賓短語 | |
---|---|---|
主語 | 謂詞=状中短語 | 賓語 |
吾 | [不] 食 | 三日。 |
【例句2】
吾居東京。
(訓読)吾東京に居る。
(現代語訳)私は東京に住んでいる。
(参考英訳)I live in Tokyo.
この句の場合は、英文で「in Tokyo」に当たる部分が「東京」という処所詞(場所を表す名詞)で示されているので、「状語」ではなく「賓語」であることが分かります。「東京」は場所を表す賓語なので、「処所賓語」と呼ばれます。
主語(主部) | 謂語(述部)=述賓短語 | |
---|---|---|
主語 | 謂詞 | 賓語 |
吾 | 居 | 東京。 |
ところが、同じ句が次のように書かれる場合があります。
【例句3】
吾居於東京。
(訓読)吾東京に居る。
(現代語訳)私は東京に住んでいる。
訓読も現代語訳も【例句3】と全く同じです。違うのは「東京」の前に介詞「於」がついて、「於東京」という形になっていることだけです。
ここで問題となるのは、「於東京」を「介賓状語」と見るならば、この句は第1句式となり、【例句2】とは句式が違うことになってしまうということです。図示すると次のようになります。
主語(主部) | 謂語(述部) |
---|---|
主語 | 謂詞=状中短語 |
吾 | 居 [於東京]。 |
(この場合は第1句式)
しかし、「於+処所詞」という形式では、介詞「於」は省略可能な軽いものにすぎません。ですから、これは「介賓状語」(介賓補語)と見るべきではありません。「於東京」は、「於」があるときもないときも同じく、「処所賓語」であると考えるほうがよいと思います。
漢文法の教科書では、「於」字の有無で句式を変えているものも多いのですが、表面上の形式に左右されすぎていると思います。たしかに介賓状語が動詞を後ろから修飾する場合もありますが、上の【例句3】の「処所賓語」は動詞の前に移動して「於東京居」とすることができないため、状語ではなく賓語であると考えるべきです。
主語(主部) | 謂語(述部)=述賓短語 | |
---|---|---|
主語 | 謂詞 | 賓語 |
吾 | 居 | (於) 東京。 |
(第2句式)
このように漢文法では、謂詞の後ろに実詞(および短語)が置かれている場合、単純にそれらを賓語と考えます。
2007年7月16日公開。