日本漢文へのいざない

 

第一部 日本文化と漢字・漢文

第五章 読解のための漢文法入門

第2節 詞と短語




(11)述賓短語3 注意すべき賓語

 漢文では、謂詞の後ろに置かれた実詞(短語)は賓語です。次のものは英文法の類推から「状語」ではないかと思えるのですが、漢文法では賓語と考えます。

【例句1】

吾不食三日。

(訓読)(われ)()らわざること三日(みつか)

(現代語訳)私は三日間何も食べていない。

(参考英訳)I've eaten nothing for three days.

 「三日」は英訳では「for three days」であり、「三日の間」という時間を表していますから、英文に慣れた者には「状語」のように思えます。しかし、ほとんどの中国の漢文法の教科書では、これを「賓語」としています。(たとえば楊伯峻・何楽士『古漢語語法及其発展』、中国:語文出版社、547ページを参照。)これは「時間賓語」と呼ばれます。

主語(主部)謂語(述部)=述賓短語
主語謂詞=状中短語賓語
[不]  食三日。

【例句2】

吾居東京。

(訓読)(われ)東京(とうきよう)()る。

(現代語訳)私は東京に住んでいる。

(参考英訳)I live in Tokyo.

 この句の場合は、英文で「in Tokyo」に当たる部分が「東京」という処所詞(場所を表す名詞)で示されているので、「状語」ではなく「賓語」であることが分かります。「東京」は場所を表す賓語なので、「処所賓語」と呼ばれます。

主語(主部)謂語(述部)=述賓短語
主語謂詞賓語
東京。

 ところが、同じ句が次のように書かれる場合があります。

【例句3】

吾居於東京。

(訓読)(われ)東京(とうきよう)()る。

(現代語訳)私は東京に住んでいる。

 訓読も現代語訳も【例句3】と全く同じです。違うのは「東京」の前に介詞「於」がついて、「於東京」という形になっていることだけです。

 ここで問題となるのは、「於東京」を「介賓状語」と見るならば、この句は第1句式となり、【例句2】とは句式が違うことになってしまうということです。図示すると次のようになります。

主語(主部)謂語(述部)
主語謂詞=状中短語
居  [於東京]。

(この場合は第1句式)

 しかし、「於+処所詞」という形式では、介詞「於」は省略可能な軽いものにすぎません。ですから、これは「介賓状語」(介賓補語)と見るべきではありません。「於東京」は、「於」があるときもないときも同じく、「処所賓語」であると考えるほうがよいと思います。

 漢文法の教科書では、「於」字の有無で句式を変えているものも多いのですが、表面上の形式に左右されすぎていると思います。たしかに介賓状語が動詞を後ろから修飾する場合もありますが、上の【例句3】の「処所賓語」は動詞の前に移動して「於東京居」とすることができないため、状語ではなく賓語であると考えるべきです。

主語(主部)謂語(述部)=述賓短語
主語謂詞賓語
(於) 東京。

(第2句式)

 このように漢文法では、謂詞の後ろに実詞(および短語)が置かれている場合、単純にそれらを賓語と考えます。



2007年7月16日公開。

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