(a)倭音にて誦すれば字音混同す
これは要するに同音異字のことです。日本漢字音では四声が無くなっていることや、誤った音がそのまま伝わって慣用音になっています。それに、日本語は音節が少ないため、本来は違う字音も同じになってしまいます。そのため、同音異字がたくさん存在することになります。
例えば、大(da)、代(dai)、台(tai)、題(ti)は、中国音はすべて違いますが、日本漢字音では、すべて同じ「ダイ」の音になってしまいます。これは全くそのとおりです。
なお、日本漢字音については、第三章で説明しておりますので、ここでは繰り返しません。
(b)倭訓にて誦すれば字義混同す
これは、同訓異義の字のことです。春台先生は、視・観・覧・察・監・瞻・矚・瞰・相・見・覩などの字がすべて「みる」という和訓で読まれ、聴・聆・聞などの字がすべて「きく」という和訓で読まれていることを挙げています(勉誠社文庫版『倭読要領』39ージ)。要するに、大和言葉の語彙の貧弱さから、同じ和訓で読む漢字が多くなり、その結果として同訓異字がたくさん出来てしまうのです。これは、漢文の作文をするときに、つい間違った字を使ってしまうもとになります。これも全くそのとおりです。
この問題点は、早くから自覚されていました。同訓異字を解説した本としては、荻生徂徠(おぎゅう・そらい)の『訳文筌蹄(やくぶんせんてい)』、伊藤東涯(いとう・とうがい)の『操觚字訣(そうこじけつ)』が、享保年間にすでに成立をみていました。『訳文筌蹄』のほうは 漢文を和訳するための本ということもあり、解説だけで用例がありませんが、『操觚字訣』はまさしく漢作文のための本であり、多くの用例を集めていますので、非常に重宝します。これは、ぜひとも復刊すべき名著であると思います。※
※『操觚字訣』は長い間写本のみで行われ、出版されたのは明治に入ってからでした。版元の須原屋書店は小型活字本も出しており、戦前には版を重ねていました(私もそれを使っています)。しかし、現在はどこからも出版されていないようです。漢文愛好者や研究者のために、ぜひとも安価な復刻版を作っていただきたいものです。
(a)、(b)ともに、漢語と日本語がまったく違う言語である以上、しかたのない問題です。それはそれと割り切って訓読法を用いなければなりません。
2005年3月27日公開。