本章では、「漢文訓読法」とはどういうものであるかについて、説明をこころみます。
そのまえに、「訓読法」とは一般にどのようなものであるかを見ていただきたいと思います。
「訓読法」の特徴を理解するには、「漢文訓読」から入るよりは、むしろ「英文訓読」というものを見ていただくほうが分かり易いと思います。
そこで、まずは「英文訓読」の実例から訓読法の特徴を見てゆくことにいたします。
「英文訓読」とは、一体何でしょうか? 何のことはありません。中学1年生のときに学校の教室で、英語をはじめて習ったときのことを思い出してください。
(原文)This is my bag.
(直訳)これは わたしの かばん です
私が中学生のころ(つまり25年ほど前)には、英語の先生は上の英文を次のように説明していました。
This | is | my | bag. |
これは | です | わたしの | かばん |
1 | 4 | 2 | 3 |
‘This’ は、下の逐語訳「これ(は)」に対応します。その下の番号は、日本語に直すときに並べる順序を示します。(漢文の「訓点」のようなものです。)1、2、3、4と並べると、「これは わたしの かばん です」という日本語になります。このような例を示しながら、「日本語と英語は語順が違うのですよ」、と英語の先生は説明されるわけです。これが「英文訓読」です。
もちろん、少し英語に慣れてくると、わざわざこんな手間のかかる読み方をする必要はなくなります。しかし、初心のときには、この「英文訓読」に妙に納得したものです。
このような「英文訓読」は、明治以来行われていました。森岡健二(もりおか・けんじ)氏によると、これは蘭学時代の訓読法をそのまま踏襲したものだということです。(同氏著『日本語と漢字』、明治書院、191ページ)。
森岡氏の『日本語と漢字』に載っている明治時代のリーダーの訓読例を一例だけ紹介します。(同書193ページを参照。ただし、カタカナをひらがなに直し、現代かなづかいにしています。)
Harry | will | you | come | out |
ハールィーよ | あろうか | 汝は | 来るで | 外に |
1 | 11 | 2 | 10 | 9 |
with | me | to | fly | my | kite? |
共に | 私と | 可く | 飛ばす | 私の | 凧を |
8 | 7 | 6 | 5 | 3 | 4 |
これを順番に並べなおすと、次のような文章になります。
「ハールィーよ、汝(なんじ)は私の凧を飛ばす可(べ)く私と共に外に来るであろうか」
これに対するハリーの答えは、
O | yes, | Ned | I | will! |
おー | 然り | ネッドよ | 私は | あろう |
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
What | a | big | kite | it | is! |
如何に | 一つの | 大なる | 凧で | 其が | 有るよ! |
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |
Where | did | you | buy | it? |
何処で | 為せしか | 汝は | 買い | 其を |
1 | 5 | 2 | 4 | 3 |
並べなおすと、
「おー然(しか)り。ネッドよ、私はあろう。如何(いか)に一つの大(おおい)なる凧で其(それ)が 有るよ! 何処(どこ)で汝(なんじ)は其を買い為(な)せしか」
いかがですか? こういうことは、私達はみんな、学校でさんざんやりましたね。これは、現在では「訓読」ではなく、「直訳」と称しておりますが、要するに漢文訓読と同じことを、英文に対して行っているわけです。
※明治の英文訓読の例は、森岡健二氏の『日本語と漢字』(前掲)、同氏著『欧文訓読の研究』(明治書院)、同氏編著『近代語の成立 文体編』(明治書院)を参照してください。森岡氏はこうした欧文訓読について、先駆的研究をされています。なお、岩波の日本近代思想大系16『文体』にも、一例だけですが英文訓読が紹介されています(同書361ページ)。
2005年3月27日公開。