ここでは、歴史的かなづかいが実際の発音とは違うために、読み誤る例について説明しておきます。最近は朗読がブームだそうですが、朗読するときには、正しく読むことが大切だからです。
同じ単語でも、現代文を読むときと、文語文を読むときでは、発音が違う場合があります。これらの語では、 漢文訓読文などの文語文を読むときでも、うっかり現代語の音で読んでしまいがちです。ここでは、よく間違う「ふ」の字の読み方に限って説明しておきます。
(a)「従ふ」 歴史的かなづかいでは「したがふ(sitagafu)」
この語を何とお読みになりますか?
当然「シタガウ(sitaga'u)」だろう、とおっしゃった方、これは現代文の場合ならば正解です。しかし、文語文の場合は間違いです。文語の場合には、この語は「シタゴー(sitagō)」と読まなければなりません。
これは、語尾が歴史的かなづかいで「□afu」(□は任意の子音)となる動詞は、文語では「□ō」と読むきまりになっているからです。ですから、「笑ふ (わらふ warafu)」は「ワロー(warō)」、「歌ふ (うたふ utafu)」は「ウトー (utō)」、「与ふ (あたふ atafu)」は「アトー(atō)」と読みます。こういう読み方は、高校 の古典の授業で、初めに習うことになっていますが、普段使わなければ忘れてしまうものです。(原田種成著『私の漢文講義』、大修館書店、32ページも参照)
これらの語を現代語で読む場合には、「フ(fu)」を「ウ(u)」に変えるだけです。 現代語の場合は、「笑ふ」は「ワラウ(wara'u)」、「歌ふ」は「ウタウ(uta'u)」と読みます。このように、現代語と文語で読み方が異なる場合は、現代かなづかいで「しがごう」などと書いておいたほうが、読み誤りがなくてよいかもしれません。
さて、以上は「□afu」の例でしたが、「□ifu」は「□yū」 とよみます。たとえば、「言ふ(いふ ifu)」は「ユー(yū)」と読んでいます。 また、「埴生の宿(はにふ の やど hanifu no yado)は「ハニュー ノ ヤド(hanyū no yado)」と読みますね。これは文語でも現代語でも同じですから問題ありません。
また、「□efu」は「□yō」と読みます。例を挙げれば、「酔ふ(ゑふ wefu→efu)」は「ヨー(yō)」 と読みます。しかし、この語は現代語では「ヨウ(yo'u)」 と発音しますから、気をつける必要があります。「今日(けふ kefu)」は、文語でも現代語でも「キョー(kyō)」と読んでいます。
では次の問題にトライしてみてください。
(b)「憂ふ」 歴史的かなづかいでは「うれふ(urefu)」
これは応用問題です。何とお読みになりますか? これが読めれば変な朗読をする心配はありません。「免許皆伝」です。
「ウレウ(ure'u)」。なるほど。そのように読む方が多いのですが、文語の場合は、「ウリョー(uryō)」が正解です。 上述のように「□efu」は「□yō」と読みますから、「れふ(refu)」 の部分が「リョー(ryō)」 となるからです。「憂ふる也」は「ウレウルナリ(ure'uru nari)」ではなく、「ウリョールナリ(uryōru nari)」です。これも現代かなづかいで「うりょうるなり」と書いたほうが、よいかもしれません。ただ、これなどは、現代かなづかいでも「ウリョウルナリ(uryo'uru nari)」と読まれる危険性がないとはいえません。きちんと読んでもらうには、カタカナで「ウリョールナリ」と書くときのように、長音を「ー」で表すべきでしょうか。
(c)「仰ぐ」 歴史的かなづかいでは「あふぐ(afugu)」
「倒る」 歴史的かなづかいでは「たふる(tafuru)」
これはどうでしょうか?
(a)(b)の例からすると、「あふぐ」は「オーグ(ōgu)」、「たふる(tafuru)」は「トール(tōru)」となりそうです。しかし、これらはそれぞれ「アオグ(a'ogu)」、「タオル(ta'oru)」と読みます。これらの語では例外的に「ふ(fu)」が単音の「オ(o)」になるのです。(福田恆存著『私の國語敎室』、文春文庫、121ページを参照)
これらの読み方は、プロの朗読家でも間違っていることがあります。注意して正しく読むように心がけてください。
2004年11月3日公開。