日本漢文へのいざない

 

第一部 日本文化と漢字・漢文

第二章 漢文と中国語




(8)古文(漢文)の声調1(普通話との比較―入声の消滅など―)

 古代中国語にも四種類の声調があり、「四声」と言われていました。しかし、古文の「四声」と、現在の普通話(pŭ tōng huà)の「四声」とは別のものです。

 古文の「四声」は、「平」(ひょう píng)、「上」(じょう shăng)、「去」(きょ qù)、「入」(にゅうrù)の四つで、「平声(ひょうしょう píng shēng)」以外の三つをまとめて「仄声(そくしょう zè shēng)」と称します。

「平声」は平らかな調子です。「仄声」は詰まったり、上がったりする「かたむいた」調子です。漢詩では、この「平声」と「仄声」を一定の規則で並べ、独特のリズムを出しています。

 普通話(pŭ tōng huà)では、「平声」がさらに陰・陽の二つに分かれております。それから、「上声(じょうしょう shăng shēng)、「去声(きょしょう qù shēng)」はそのままですが、「入声(にっしょう rù shēng)」が無くなっています。入声というのは、字音の最後の部分(韻尾)に「p」「t」「k」の音が来て、詰まるように聞こえる音です。これは中国の北方方言では、元代までに消滅してしまったのです。昔入声だった漢字は、それぞれ平声・上声・去声のどれかに吸収されてしまいました。ですから、中国人(のうち北方の人)も、入声の字を判別することができなくなっています。

 近代以前に中国で行われていた伝統的な朗誦法では、古文(=漢文)を読むときには、平仄をとくに強調した読み方をしていたようです。孫玄齢著『中国の音楽世界』(岩波新書)に、中国の昔の私塾では、平声の字は調子を低く、仄声の字は調子を高く読み、生徒に文字の平仄を自然と覚えさせていたという話が出ています(同書、70ページ)。これは「平低仄高」という読み方で、平声の調値よりも仄声の調値のほうが高い、南方方言での読み方です。

 一方、北京など、平声のほうが仄声よりも調値が高くなる北方の地域では、「平高仄低」といって、平声を高く、仄声を低い音に読みわけていました。(陳少松著、『古詩詞文吟誦研究』、中国:社会科学文献出版社、71ページ)。北方方言では失われている「入声」 の字は、現在の字音(平・上・去のどれか)で読みますが、現在の字音が平声に変わっていても、わざと低い音で読み、「平高仄低」を守ります。

 しかし、こういう読み方は今では特殊なものになっておりますから、私達が中国語で音読する際には、まねをする必要はありません。普通話(pŭ tōng huà)で古文(漢文)を読むときには、現在の発音・声調で読めばよいのです。これは、私達が『源氏物語』を現代日本語の発音で読むようなものです。



2004年11月3日公開。

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