石倉小三郎(竹嶺) 崔子玉座右銘
いしくら・こさぶろう(ちくれい)
1881-1965。東京音楽学校講師、第七高等学校教授、大阪理工大予科長等を歴任。シューマンの「流浪の民」の訳詞で知られる。
[解読]
無道人之短
無説己之長
施人慎勿念
受施慎勿忘
世誉不足慕
唯仁為紀綱
隠心而後動
謗議庸何傷
無使名過実
守愚聖所臧
在涅貴不緇
曖曖内含光
柔弱生之徒
老氏誡剛強
行行鄙夫志
悠悠故難量
慎言節飲食
知足勝不祥
行之苟有恒
久久自芬芳
右録漢崔子玉座右銘 竹嶺学人
[訓読]
人の短を道うこと無かれ
己の長を説くこと無かれ
人に施しては慎みて念うこと勿れ
施しを受けては慎みて忘るること勿れ
世の誉れは慕うに足らず
唯だ仁のみ紀綱と為せ
心に隠りて後動く
謗議、庸何ぞ傷まん
名をして実に過ぎしむること無かれ
愚を守るは聖の臧する所なり
涅に在るも緇まらざるを貴ぶ
曖曖として内に光を含む
柔弱は生の徒なり
老氏は剛強を誡しむ
行行たり鄙夫の志
悠悠として故より量り難し
言を慎しみ飲食を節す
足ることを知りて不祥に勝つ
之を行いて苟とに恒有らば
久久にして自ら芬芳あらん
右、漢の崔子玉の座右の銘を録す 竹嶺学人
[語釈]
仁
思いやりの心で他人との共生を実現すること。
紀綱
根本方針。大綱。
謗議
悪口。
涅
黒い土。
緇む
黒くなる。穢れる。この部分は、『論語』陽貨篇に、「涅而不緇」(涅して緇まず)とあるのによる。
曖曖
薄暗い様子。暗愚な様子。
柔弱
やわらかく、しなやかな様子。『老子』第七十六章に「人之生也柔弱」(人の生まるるや柔弱なり)とある。
徒
仲間。
老氏
老子のこと。
剛強
勇猛なこと。強く勇ましいこと。『老子』第三十六章に「柔弱勝剛強」(柔弱は剛強に勝つ)とある。
行行たり
強情で強硬な様子。『論語』先進篇に「子路、行行如也」(子路は、行行如(こうこうじょ=剛毅な態度)たり)とあるのに基づく。
鄙夫
身分の低い男。
悠悠
ゆったりとした様子。
故より
まことに。
不祥
不幸や災難。
苟とに
ほんとうに。一つ一つしっかりと。この字を「まことに」と読むのは、『文選』注による。
恒
変わらず同じであること。永久不変。
久久
非常に長い年月を経ること。
芬芳
「よい香り」ということから、人徳のことをいう。
[訳]
他人の短所を責めてはいけない。
自分の長所を誇ってはいけない。
他人のために良いことをしても、そのことを恩に着せてはいけない。
自分が他人から良いことをしてもらったときには、いつまでも忘れてはいけない。
世間の名声などは、求める価値がない。
思いやりの心をもっていることが、人間として大事なのだ。
心の中でよく考えてから行動を起こせ。
他人から悪口を言われても、意に介する必要はない。
実力以上の名声を求めてはいけない。
自分は人より優れているなんて思わずに、愚か者の本分に甘んじることを、聖人も良しとしている。
黒い土のような汚い世の中で生活していながらも、自分自身が汚れて黒くならないことが大切だ。
暗愚であっても、自分の中にキラリと光るものを持つ。
やわらかく、しなやかに生きることが、この世を生きるすべだ。
老子も強く勇敢に生きてはいけないと戒めている。
強情で強硬な生き方は、卑しい人のやること。
ゆったりと生きるならば、限りなく可能性は広がってくる。
言葉をつつしみ、暴飲暴食を避ける。
欲望肥大を戒め、災難もしなやかに乗り越える。
以上を一つ一つ常に実行してゆくならば、
長い年月のうちに必ず人徳がそなわってくる。
右は、崔子玉の座右銘を書いたものである。 竹嶺学人
[出展]
崔瑗『座右銘』(『文選』第五十六巻)
崔瑗(さい・えん、字は子玉、78~143)は、東漢時代の政治家・文人。唐代の詩人・白楽天は、この『座右銘』に感動して『続座右銘序』を作り、「崔子玉座右銘、余窃慕之。雖未能尽行、常書屋壁。」(崔子玉の座右銘は、余窃(ひそ)かに之を慕う。未だ尽(ことごと)くは行うこと能(あた)わずと雖ども、常に屋壁に書す。」と言っている。
2009年12月6日公開。2009年12月8日修正。2018年6月11日修正