日本漢文の世界

 

英傑の遺墨が語る日本の近代



市村瓚次郎(器堂) 七言絶句
いちむら・さんじろう(きどう)


1864-1947。東大教授、国学院大学学長。東洋学会創設者。

市村瓚次郎 七言絶句 日本漢文の世界 kambun.jp

[解読]

万里長城秋色新(韻)
懸軍西去欲懲秦(韻)
雁門関外一輪月
誰是半宵横槊人(韻)
(七言絶句。平声真韻)
 時事偶詠  器堂学人

[訓読]

万里(ばんり)長城(ちょうじょう)秋色(しゅうしょく)(あら)たなり
懸軍(けんぐん)西去(せいきょ)して(しん)()らさんと(ほっ)
雁門関(がんもんかん)(がい)一輪(いちりん)(つき)
(だれ)()半宵(はんしょう)横槊(おうさく)(ひと)
 時事(じじ)偶詠(ぐうえい)  器堂(きどう)学人(がくじん)

[語釈]

懸軍(けんぐん)
 味方から遠くはなれて敵地に侵攻している軍隊。

(しん)
 日本軍が日中戦争で戦った蒋介石の国民党軍のことと思われる。

雁門関(がんもんかん)
 中国の山西省にある関所。北方の異民族の侵入を防衛するための防衛拠点であった。

半宵(はんしょう)
 深夜。

横槊(おうさく)
 魏の曹操のように、ほこを横たえて武装したまま詩を作ること。唐の元稹の『杜甫墓誌序文』に「曹氏父子、鞍馬間為文、往往橫槊賦詩。(曹氏父子は、鞍馬の間に文を為り、往往槊を橫たえて詩を賦す。)」(曹操・曹丕 の親子は、馬に蔵を置いたまま文を作り、矛を横たえたまま詩を作った)とある。宋の蘇軾はこれを受けて『赤壁賦』で「釃酒臨江、橫槊賦詩、固一世之雄也。(酒をくみて江に臨み、槊を橫たえて詩を賦す。固より一世の雄なり。)」(曹操は、酒をくんで船中から長江を見下ろし、ほこを横たえて武装したまま詩を作った)と歌った。

[訳]

万里の長城は、すっかり秋景色だ。
味方の軍は、祖国を遠く離れて西へと去り行き、秦国を懲らしめようとしている。
雁門関の外で、月を仰ぎ見て思う。
深夜に武装したまま詩を作る、現代の曹操たる者は、一体誰であろうか。
    最近の情勢を詠んでみた。 器堂学人。

2009年10月12日公開。2009年10月14日修正。

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