日本漢文の世界:本の紹介

書名 林羅山
副題 書を読みて未だ倦まず
シリーズ名 ミネルヴァ日本評伝選
著者 鈴木 健一(すずき けんいち)
出版社 ミネルヴァ書房
出版年次 平成24年(2012年)
ISBN 9784623064809
定価(税抜) 3,000円
著者の紹介 著者(1960-)は学習院大学文学部教授。江戸時代の文学が専門。著書に『古典注釈入門』(岩波書店)等。
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本の内容:

 林羅山は、徳川家康に用いられ、当時はそれほど認知されていなかった朱子学を幕府の官学の地位に押し上げる基礎を築いた大学者です。しかし、彼はダークな側面も持っていました。
 大阪冬の陣のもととなった方広寺鐘銘事件で、鐘の銘文に「国家安康」とあるのを「家康」の名を分断させたと豊臣家に言いがかりを付けるのに彼は一役買っています。また、家康から剃髪して僧形になることを命じられれば儒者としてのプライドを捨てて僧形となり、「法印」という本来仏教僧が最高位として受けるべき位まで授かっています。だから、林羅山には御用学者、曲学阿世というイメージが付きまといます。彼が剃髪や法印位を受けたことにつき、中江藤樹が『林氏剃髪受位弁』を書いて批判していることも良く知られています。
 しかし、本書の著者が主張するのは、このような出世欲の塊のようなギラギラした林羅山像ではなく、膨大な読書をこなし、膨大な啓蒙的著作を残した、知識欲に忠実に生きた学究としての林羅山像です。このような物静かな羅山像は、自身も研究者である著者が、学究としての羅山に共鳴したところから出てきたものと思われます。そのためか、林羅山のギラギラとした側面に対して、著者は極力弁護しています。たとえば、悪名高い羅山の方広寺鐘銘事件への関与については、次のように書いています。(本書52ページ)
 羅山の評判が概してよくないのは、儒者でありながら家康の意向に沿って僧侶のように剃髪したり、僧侶の身分である民部卿法印を授かったことと、方広寺鐘銘事件における曲学阿世とも言うべきこのような態度に拠るところが大きいだろう。ただ、誤解のないように述べておくと、当初から彼が家康に対して発案して、大阪方へ言わせたわけではない。そこまで彼が政治の中枢にいたわけではなく、あくまで事後承認しただけなのである。
 そして著者は、羅山が知識欲に生きた裏付けとして、その意欲的な著作ぶりを紹介しています。たしかに、羅山の著作は多方面にわたる膨大なものです。若いときに家康の命令で駿河版の漢籍を出版したことにはじまり、キリシタンと問答して、その教義を論破する『排耶蘇』を書いたり、和文で漢学をやさしく解説する啓蒙書を書いたりしたほか、『徒然草』の解説書まで書いています。また、神道は儒学と同じものであると主張する「神儒合一説」を唱えたことや、怪談などにも興味を持ち、その方面の著作もあるなど、幅広い知識を存分に発揮していたことにも触れています。
 羅山が、明暦の大火で膨大な蔵書すべてが焼失してしまったことに落胆して病気になり、数日後に病没してしまったことは有名な話です。彼は、常に手から書を放さず、火事から避難する籠のなかでも『梁書』(中国の二十一史のひとつ)を読んでいたほど本の虫でした。

 本書では、羅山の学究としての側面が強調されすぎて、この魅力的な人物が平凡に描かれすぎているきらいはありますが、現在ほとんど見向きもされない林羅山という人物にスポットを当てた意義は大きいと思います。江戸時代になぜ漢学があれほど興隆したのかは大きな謎ですが、幕府に儒学を売り込んだ当の本人である羅山について調べることは、その謎を解く大きな手掛かりとなると思われます。

2014年11月15日公開。

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