日本漢文の世界:本の紹介

書名 全釈拙堂文話
副題  
シリーズ名  
著者 齋藤 正和(さいとう しょうわ)
出版社 明徳出版社
出版年次 平成27年(2015年)
ISBN 9784896199628
定価(税抜) 8,000円
著者の紹介 原著者・齋藤拙堂についてはこちら→齋藤拙堂
訳注者(1930-)は、齋藤拙堂の玄孫に当たる方で、会社役員を退任された平成13年(2001)年以降、三重大学、名古屋大学において『拙堂文話』の研究に従事され、博士号を得られました。本書はその研究の成果です。
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本の内容:

 本書は江戸時代後期の津藩の漢学者・齋藤拙堂の著書『拙堂文話』に、拙堂の玄孫にあたる齋藤正和氏が訳注を加えたものです。難解な『拙堂文話』を詳細に読み解き、非常に分かりやすい訳文を作っておられます。漢文を現代語訳したものは、往々にして読むたえない悪文が多いのですが、本書の現代語訳は、訳文だけを収録した書物にしても十分通用する、こなれた名訳です。漢文による著作で一般読書人にはしきいが高く、内容が難解で、しかも稀覯本であることから、今日においてほとんど読者のなかった『拙堂文話』が、このような名訳で読めるようになったことは、たいへん有難いことです。
 さて「詩話」は、詩に関する評論集であり、わが国でも菊池五山の『五山堂詩話』などの有名な書物があります。これに対して「文話」と題する書物は、日中両国にほとんどありません。古賀侗庵は本書の序文に、一読に値する「文話」は無いに等しいため、侗庵自身が「文話」を著作しようとしていたところ、拙堂のこの著書を見て、自分が著作するまでもないという気持ちになったと述べています。
 では「文話」とは何か。文章に関する評論集でしょうか。雑多な内容を扱う体裁からすると、そのように思えるのですが、原著者・拙堂の志はもっと高いところにありました。すなわち、「文章の盛衰は、国家の運に関わる」との真摯な思いを胸に、人心を堕落させる文章の乱れを矯正し、迫りくる外圧にも屈しない気概を涵養することを目指したのです。(訳注者「解題」)
 巻一は日本の上代から江戸時代までの文章の批評です。
 「王朝に文章無し。三善の封事有るのみ」(1-15)として、平安時代の漢詩文隆盛期に気骨ある文章は三善清行の意見封事があるだけだとしているのは一家言です。
 また、荻生徂徠の古文辞については、これによってはじめてわが国の文章は典雅なものになったが、これは下剤のようなものだから、いつまでも使い続けてはいけない(1-45)として、古文辞の弊害について縷々述べています。
 巻二は、「文章の盛衰こそが国家の命運を左右する」(2-1)として、中国明代の方孝孺や王守仁(陽明)らすぐれた文章家を論じ、清代に及んでいます。
 巻三は、「文章は唐宋の作品を入門編とし、秦漢の作品を到達目標とすべきである」と前置きして、「いわゆる大家とは、唐では唯一韓愈、宋では欧陽脩と蘇軾の両氏がこれに該当するだけだ」(3-1)と論じ、特に韓愈を絶賛しています。
 巻四は、巻三のつづきで欧陽脩、蘇軾、王安石らについて論じています。
 巻五は、学ぶべき古書として左伝、荘子、史記を挙げ、韓愈・柳宗元・蘇軾らもこれら古書に学んでいると説き、さらに史記について詳述しています。
 巻六は、韓非子、孫子、荘子、礼記、尚書、孟子などの古書を論じ、古文に多用される倒置法について注意喚起しています。
 巻七は、「すべての文章の筋道を分析することは、単に作文の資源になるだけでなく、また読書のための良法でもある」(7-4)として、その具体的な心得を説いています。なかでも「およそ文を作るのに、議論はやさしく、叙事は難しい」(7-20)として、叙事の方法について具体的に示しています。たとえば、「叙事文に成語を使ってはならない。俗語も使ってはならない」(7-20)としながらも、物の名前や会話の記録には俗語や日本語をそのまま用いてもかまわないとしています(7-20、7-21)。そして、「およそ国文を漢文に訳すには、原文と対応していることが必要だ。原文に何かを加えてはいけないし、また漏らしてもいけない」として、柴野栗山が平家物語の那須与一の部分を訳した訳文を例として引用しています(7-23)。また、「必ず名称を正さなければならぬ」(7-25)として、「官名は朝廷の法制で決められたものであるから、恣意的に改めてはならない」(7-26)、「漢土」を「中華」といったり「京都」を「京兆」「京師」としたりすることもいけない(7-27、7-39)などと自説を述べています。
 巻八は、山水を見て回ることの有益性を説いています。山水記の名手である柳宗元らの文章を論じ、拙堂自身が間近に見た津藩周辺の勝景に説き及び、のちに『月瀬記勝』で有名になった月ヶ瀬梅渓にも触れています。なお、巻八には初版と後の版では差し替えられた部分があり、その理由を推測した訳注者の解説もあります。
 附録として、拙堂の弟子・中谷惇による『拙堂先生小伝』のほか、力作の齋藤拙堂年譜稿、「拙堂文話」関連学芸年表が付されています。
 拙堂先生は本書を文政13年(1830年)に刊行し、5年後の天保6年(1835年)に『続文話』が刊行されています。本書凡例には「これ(続文話)の訳注は将来の課題とする」と書かれています。ひそかに『続文話』訳注の完成を願うものです。

2021年1月31日公開

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