日本漢文の世界:本の紹介

書名 明治漢文学史
明治の漢学
(ここでは上記の2冊の本を同時に紹介しています。)
副題  
シリーズ名  
著者 三浦 叶(みうら かのう)
出版社 汲古書院
出版年次 平成10年(1998年)
ISBN 明治漢文学史 → 4-7629-3418-6
明治の漢学  → 4-7629-3417-8
定価 12,000円(二冊とも)
著者の紹介 著者(1911-2002)は、早稲田大学教授であった牧野謙次郎(号は藻洲、1862-1937)先生の助手となり、牧野先生の『日本漢学史』を作りました。その後、雑誌『東洋文化』の編集に携わったことをきっかけとして、明治の漢文学の研究をライフワークとされました。
本の内容:

明治漢文学史 明治の漢学

 『明治漢文学史』の「はしがき」によると、著者は雑誌『東洋文化』の編集に携わった際に、明治の風格ある文人の逸話を毎号載せたいと思い、当時健在であった内田遠湖先生ら明治の遺老や、著名な文人の弟子や遺族からいろいろな逸話を聞きました。本書は、著者がそのようにして聞いた先賢の雅談をもとにして、著者が各所に発表した文章をまとめたもので、上篇「明治漢文学史」、中篇「明治の漢文学」、下篇「明治文学と漢文学」とテーマ別にまとめられています。
 本書の書きぶりは、まことに悠悠たる大家の筆で、一読すれば著者が多くの詩文雑誌をはじめとする、あらゆる資料によく目を通していることが分かります。
 上篇では、明治の詩壇、文壇について、詩社や文会、重要詩人、重要文人について詳細に書かれており、当時の雰囲気を知る上で非常に参考になります。『明治漢詩文集』に付録として収録されている『明治の漢文』もここに収められています。
 中篇では、西洋のことを記した漢文作品や、洋文の漢訳などについても考察を加えています。洋文の漢訳は中江兆民の『民約訳解』が有名ですが、ほかにもいろいろとあったのです。
 下篇では、明治文学の根底には漢学があり、老荘思想や詩人の高青邸、文人の魏勺庭などが特に好まれていたことを論証しています。そして、夏目漱石や森田思軒など、個個の作家について、漢学の影響を見ています。中でも森田思軒は、生前の名声に比して、今日あまりにも顧みられることがない人であるだけに、私には非常に参考になりました。

 姉妹編の『明治の漢学』は、明治期において「漢学」がいかに扱われ、いかなる発展を遂げたかを克明に追った労作です。
 第一部は、「明治の漢学論」と題され、洋学に押されて衰退しつつあった漢学に対して、当時の第一級の知識人たちがどのような態度をもって接していたかを追ったものです。その中には、福澤諭吉のような極端な漢学排撃派はむしろ少なく、大部分の知識人は漢学を必要と考えていたことが分かります。それぞれの多様な意見からは、今日でも学ぶべきものは多く、熟読に値します。
 第二部は、「漢学者の研究と活動」です。これは、明治時代に始まった中国文学史や漢文法の研究などの詳細について述べています。漢文法書も、江戸時代までの助辞中心のものとは打って変わって品詞分類などの完備した「文典」となります。明治の漢学は、江戸時代の実作尊重から、一転して研究や評論が中心になっているのです。
 第三部は、「漢字漢文教育」と題し、中学校における漢文教育の実際について述べています。当時、文部省において、上田万年らが中学校の漢文科を廃止して、国語科に併合しようとしたことに対して、反対運動が起きたりします。そうした経緯や、漢文教科書の内容、一般の漢文学習書の内容の紹介などがあります。
 今日のわが国の漢文学の研究と教育は、明治の延長線上にあります。しかし今日では漢文学は専門化して、一般の教養人には、縁遠いものになってしまいました。かつて学問といえば漢学であり、教養人なら自由に漢文の読み書きができた時代は、すでに遠く過ぎ去りました。漢文学の継承において、江戸と明治の間で大きな断絶があったことが、この二冊の本を読めばよく分かります。しかし、われわれ現代の日本人は、戦前と戦後の間にあった第二の断絶によって、漢文学と決定的に疎遠になってしまいました。もはや昔にもどることはできませんが、漢文学の価値が再評価されることは必要だと思います。

明治漢文学史 明治の漢学
2003年7月20日公開。

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