日本漢文の世界:本の紹介

書名 山紫水明
副題 頼山陽の詩郷
シリーズ名  
著者 池田 明子(いけだ あきこ)
出版社 渓水社
出版年次 平成22年(2010年)
ISBN 4-863-27100-X
定価 1,800円
著者の紹介  著者は、広島在住のノンフィクションライター。頼山陽に傾倒し、頼山陽記念文化財団の評議員を務める。広島県の出資により、広島の頼家屋敷跡で「頼山陽史跡資料館」が再建されるなど、著者らの頼山陽顕彰の地道な活動は、大きな成果を生み出しつつあります。
本の内容:



  この本は、「山紫水明」という四字熟語は中国製ではなく、わが国の漢文学者・頼山陽が作ったものだという事実を導入として、頼山陽の生涯を簡潔に紹介したものです。
 「山紫水明」は、現在では「美しい山水の形容」する四字熟語として使われています(本書3ページ等)。しかし、頼山陽は、日暮れ時に山や海(または川)が非常にきれいに見える時を「山紫水明」と呼びました。すなわち、「山紫水明」は時をあらわす語だったのです。頼山陽は、「山紫水明のころにおいでください」という招待状を友人たちにたくさん送っています(本書8,9章)。
 頼山陽は、いつ「山紫水明」の語を使いはじめたのか。著者は綿密に考証します。
 山陽の書斎「山紫水明処」は、現在も京都に残っているため、「山紫水明」といえば京都の風景を思い起こしますが、意外なことに、この語は瀬戸内海の山と海(川ではなく)とが見事な色あいを見せる夕暮れの風景から生まれたものでした。
 頼山陽は若い時に脱藩(他領への無断逃亡)の罪により、長年自宅に設けられた座敷牢に幽閉されていました。ようやく広島藩から赦免が出たのが27歳のときでした。このとき、一家はお祝いのため、父祖の故郷である竹原に赴いて舟遊びをしました。それは竹原に来ていた美貌の女流画家・平田玉蘊との恋愛の始まりでもありました。山陽は、舟遊びの感興を文章につづります。その作中に「山紫水白」の語があり、後の「山紫水明」の原型となります(本書5章)。さらにその数年後、福山の鞆(とも)の浦に遊んだ時、その風光を愛でた文章を「山紫水明処に於いて撰し書す」と結びました。これが「山紫水明」の初見となります。
 この二つの文章「竹原舟遊記」と「対仙酔楼記」は、『山陽遺稿』には収載されず、一般にはあまり知られていませんでしたが、本書では、訓読・注釈・現代語訳を添えて巻末に付録されています。
 本書は、現代人には馴染みの薄い江戸時代の暦や時刻制度を詳しく解説するなど、理解しやすくする工夫が随所になされています。また、人名の詳しい注や、参考文献が多く挙げられているなど、良心的な編集になっています。

 著者には前著『頼山陽と平田玉蘊』(亜紀書房)があり、忘れられた画家・平田玉蘊を調べていく中で、頼山陽にたどりつく過程が、みずみずしく書かれています。本書『山紫水明』の原型となったものであり、こちらも一読に値します。


2012年4月30日公開。

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