日本漢文へのいざない

 

第一部 日本文化と漢字・漢文

第五章 読解のための漢文法入門

第2節 詞と短語




(13)述賓短語における謂詞・賓語の倒装

 述賓短語で賓語が代詞である場合には、賓語たる代詞が謂詞たる動詞の前に移ります。これを「倒装」(inversion)と呼びます。「倒装」が行われるのは、疑問代詞が賓語である場合と、代詞が賓語となっている述賓短語の前に否定副詞がつく場合です。

 このような倒装が行われるのは、漢文の代詞が不安定で独立性が低いからだといわれています。

(a)疑問代詞の倒装

【例句1】

雖有安禄山、亦何能為。(蘇軾『志林』)

(訓読)安禄山(あんろくざん)()りと(いえど)も、(また)(なに)をか()()さん。

(現代語訳)安禄山のような豪傑がいたとしても、何もできないだろう。

主語(主部)=述賓短語謂語(述部)=述賓短語
<連詞>謂詞賓語[状語]←    倒装    →
賓語謂詞
<雖>安禄山、[亦]能為。

上の句で状語「亦」は、動詞「能為」にかかります。しかし、「何」と「能為」が倒装されているため、「何」にかかっているように見えます。

[亦] 能為何。
    ╳
[亦]    何能為。

 「何」は賓語ですが、疑問代詞(疑問代名詞)であるために、動詞よりも前に置かれます。

 次は、疑問形容詞「何」が名詞と結合(定中短語)することにより、疑問代詞と同じように倒装が行われる例です。

【例句2】

何驕之有。(蘇軾『志林』)

(訓読)(なん)(おご)りか()()らん。

(現代語訳)どうして驕るようなことがあろうか。

謂語(述部)=述賓短語
←        倒装        →
賓語<助詞>謂詞
何驕<之>有。

 この場合の倒装では助詞「之」が間に入ります。「之」字は訓読では便宜上「これ」と読んでおりますが、倒装を示す記号のようなものであり、「これ」という意味はありません。

 実は、このような場合には、倒装しない「有何驕」(何の驕り有らん)という形でも間違いではありません。「有何」は必ず「何有」(何か有らん)となりますが、「有何驕」の場合は必ずしも「何驕之有」となるわけではありません。「何驕」は、名詞「驕」によって限定されているため、単独の疑問代詞「何」よりも安定性が増しているのです。間に「之」の字が入るかどうかは、倒装が必須か否かの違いにかかっています。

何驕。
    ╳
何驕<之>有。

(b)否定句における代詞の倒装

 否定副詞が動賓短語の状語になっている場合、賓語たる代詞は倒装されて動詞の前に置かれます。

【例句3】

古之人不余欺也。(蘇軾『石鐘山記』)

(訓読)(いにしえ)(ひと)()(あざむ)かざる(なり)

(現代語訳)昔の人の言っていることには、間違いはない。

主語(主部)=定中短語謂語(述部)=述賓短語
[定語]主語[状語]←    倒装    →<助詞>
賓語謂詞
[古之][不]<也>。

[不]<也>。
    ╳
[不]<也>。

 もう一つ例を出しておきます。

【例句4】

雖良医未之言也。(蘇軾『志林』)

(訓読)良医(りようい)(いえど)(いま)(これ)()わざる(なり)

(現代語訳)名医でも、こんなこと(秦の医和の言っているようなこと)を言っている者はいない。

主語(主部)謂語(述部)=述賓短語
<連詞>主語[状語]←    倒装    →<助詞>
賓語謂詞
<雖>良医[未]<也>。

[未] <也>。
    ╳
[未]<也>。


2007年7月16日公開。

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