述賓短語で賓語が代詞である場合には、賓語たる代詞が謂詞たる動詞の前に移ります。これを「倒装」(inversion)と呼びます。「倒装」が行われるのは、疑問代詞が賓語である場合と、代詞が賓語となっている述賓短語の前に否定副詞がつく場合です。
このような倒装が行われるのは、漢文の代詞が不安定で独立性が低いからだといわれています。
(a)疑問代詞の倒装
【例句1】
雖有安禄山、亦何能為。(蘇軾『志林』)
(訓読)安禄山有りと雖も、亦何をか能く為さん。
(現代語訳)安禄山のような豪傑がいたとしても、何もできないだろう。
主語(主部)=述賓短語 | 謂語(述部)=述賓短語 | ||||
---|---|---|---|---|---|
<連詞> | 謂詞 | 賓語 | [状語] | ← 倒装 → | |
賓語 | 謂詞 | ||||
<雖> | 有 | 安禄山、 | [亦] | 何 | 能為。 |
上の句で状語「亦」は、動詞「能為」にかかります。しかし、「何」と「能為」が倒装されているため、「何」にかかっているように見えます。
[亦] 能為 | 何。 | ||
╲ | ╱ | ||
╳ | |||
╱ | ╲ | ||
[亦] 何 | 能為。 |
「何」は賓語ですが、疑問代詞(疑問代名詞)であるために、動詞よりも前に置かれます。
次は、疑問形容詞「何」が名詞と結合(定中短語)することにより、疑問代詞と同じように倒装が行われる例です。
【例句2】
何驕之有。(蘇軾『志林』)
(訓読)何の驕りか之れ有らん。
(現代語訳)どうして驕るようなことがあろうか。
謂語(述部)=述賓短語 | ||
---|---|---|
← 倒装 → | ||
賓語 | <助詞> | 謂詞 |
何驕 | <之> | 有。 |
この場合の倒装では助詞「之」が間に入ります。「之」字は訓読では便宜上「これ」と読んでおりますが、倒装を示す記号のようなものであり、「これ」という意味はありません。
実は、このような場合には、倒装しない「有何驕」(何の驕り有らん)という形でも間違いではありません。「有何」は必ず「何有」(何か有らん)となりますが、「有何驕」の場合は必ずしも「何驕之有」となるわけではありません。「何驕」は、名詞「驕」によって限定されているため、単独の疑問代詞「何」よりも安定性が増しているのです。間に「之」の字が入るかどうかは、倒装が必須か否かの違いにかかっています。
有 | 何驕。 | ||
╲ | ╱ | ||
╳ | |||
╱ | ╲ | ||
何驕 | <之> | 有。 |
(b)否定句における代詞の倒装
否定副詞が動賓短語の状語になっている場合、賓語たる代詞は倒装されて動詞の前に置かれます。
【例句3】
古之人不余欺也。(蘇軾『石鐘山記』)
(訓読)古の人、余を欺かざる也。
(現代語訳)昔の人の言っていることには、間違いはない。
主語(主部)=定中短語 | 謂語(述部)=述賓短語 | ||||
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[定語] | 主語 | [状語] | ← 倒装 → | <助詞> | |
賓語 | 謂詞 | ||||
[古之] | 人 | [不] | 余 | 欺 | <也>。 |
[不] | 欺 | 余 | <也>。 |
╲ | ╱ | ||
╳ | |||
╱ | ╲ | ||
[不] | 余 | 欺 | <也>。 |
もう一つ例を出しておきます。
【例句4】
雖良医未之言也。(蘇軾『志林』)
(訓読)良医と雖も未だ之を言わざる也。
(現代語訳)名医でも、こんなこと(秦の医和の言っているようなこと)を言っている者はいない。
主語(主部) | 謂語(述部)=述賓短語 | ||||
---|---|---|---|---|---|
<連詞> | 主語 | [状語] | ← 倒装 → | <助詞> | |
賓語 | 謂詞 | ||||
<雖> | 良医 | [未] | 之 | 言 | <也>。 |
[未] | 言 | 之 | <也>。 |
╲ | ╱ | ||
╳ | |||
╱ | ╲ | ||
[未] | 之 | 言 | <也>。 |
2007年7月16日公開。