日本漢文の世界:本の紹介

書名 文化装置としての日本漢文学
副題  
シリーズ名 アジア遊学229
著者 滝川幸司・中本大・福島理子・合山林太郎 編
出版社 勉誠出版
出版年次 平成31年(2019年)
ISBN 4-585-22695-8
定価 2,800円
著者の紹介 多くの著者による共著。
本の内容:



 「日本漢文学」を表題に含む論文集です。「まえがき」によると、本書は国文学研究資料館による公募型共同研究「日本漢文学プロジェクト」の成果をまとめたものとのことです。
 「文化装置」とは聞きなれない言葉ですが、創作・表現の仕掛けを提供する文化的プラットフォームを意味しているようです。本書では、自国の文化にとらわれず、より多くの言語圏や国・地域の人々とも共有できる研究課題として認識させるため、日本漢文学を「文化装置」の一つと位置づけています。(序言)
 なお、2019年には本書のほかに『日本漢文学の射程-その方法、達成と可能性』(汲古書院)という「日本漢文学」を表題に含む論文集が発刊されていますが、本書と著者の一部が重なっているので、出版社は違いますが姉妹編のようなものかもしれません。

 本書の内容は次のとおりです。
1 古代・中世漢文学研究の射程
平安朝漢文学の基層―大学寮紀伝道と漢詩人たち 滝川幸司
長安の月、洛陽の花―日本古典詩歌の題材となった中国の景観 高兵兵
後宇多院の上丁御会をめぐって 仁木夏実
誰のための「五山文学」か―受容者の視点から見た五山禅林文壇の発信力 中本大
2 江戸漢詩における「唐」と「宋」
語法から見る近世詩人たちの個性―"エクソフォニー"としての漢詩という視点から 福島理子
室鳩巣の和陶詩―模倣的作詩における宋詩の影響 山本嘉孝
竹枝詞の変容―詩風変遷と日本化 新稲法子
近世後期の詩人における中唐・晩唐 鷲原知良
3 東アジア漢文交流の現実
通信使使行中の詩文唱和における朝鮮側の立場―申維翰の自作の再利用をめぐって 康盛国
蘇州における吉嗣拝山 長尾直茂
4 漢詩・和歌が統べる幕末・維新期の社会
幕末志士はなぜ和歌を詠んだのか―漢詩文化の中の和歌 青山英正
漢詩と和歌による挨拶―森春濤と国島清 日野俊彦
西郷隆盛の漢詩と明治初期の詞華集 合山林太郎
5 近代社会の礎としての漢学—教育との関わりから
明治日本における学術・教学の形成と漢学 町泉寿郎
懐徳堂と近現代日本の社会 湯浅邦弘
6 新たな波—世界の漢文学研究と日本漢詩文
英語圏における日本漢文学研究の現状と展望 マシュー・フレーリ
朝鮮後期漢文学の公安派受容の様相―韓国漢文学研究史の検討を兼ねて 姜明官 康盛国訳
越境して伝播し、同文の思想のもと混淆し、一つの民族を想像する―台湾における頼山陽の受容史(一八九五~一九四五) 黄美娥 森岡ゆかり・合山林太郎訳

 本書の内容は、平安朝漢文学や五山文学も含まれていますが、ほとんどが江戸時代以降の近世の漢文学に関する論考であり、私にとっては親近感がある内容です。
 興味をもったものをいくつか紹介します。
 福島理子氏の『法から見る近世詩人たちの個性―"エクソフォニー"としての漢詩という視点から』は、日本漢詩を「エクソフォニー」(母語以外の言語での表現―言語の越境)であるとし、日本の漢詩人たちの多用する用語や語法の癖を分析して、日本語の発想によってデフォルメされた表現、すなわち「なまり」について論じています。
 新稲法子氏の『竹枝詞の変容―詩風変遷と日本化』は、「竹枝詞」という漢詩のジャンルが、もともとは地方の珍しい風土や習慣をうたうものであったが、中島棕隠・市川寛斎らの活躍で艶詩へと変化していった過程を論じています。
 康盛国氏の『通信使使行中の詩文唱和における朝鮮側の立場―申維翰の自作の再利用をめぐって』では、朝鮮通信使に「製述官」として参加していた申維翰(シン・ユハン)の『海游録』をもとに、朝鮮通信使の日本における過酷な日々を再現しています。彼らの主な任務は日本人と詩の唱和をすることでしたが、唱和を希望する日本人が殺到するため、彼らは滞日中過酷なほど多忙であったのです。
 黄美娥氏の『越境して伝播し、同文の思想のもと混淆し、一つの民族を想像する―台湾における頼山陽の受容史(一八九五~一九四五)』は、日本統治時代の台湾での頼山陽の受容について論じています。頼山陽は明治期には漢文による同化のための典範として導入され、大正期には台湾でも衰えつつあった漢文を擁護するために援用され、昭和期には民族主義を呼び起こすために利用されていたのです。


2021年1月31日公開

ホーム > 本の紹介 > 文化装置としての日本漢文学(滝川・中本・福島・合山編)

ホーム > 本の紹介 > 文化装置としての日本漢文学(滝川・中本・福島・合山編)