日本漢文の世界:本の紹介

書名 平安時代における変体漢文の研究
副題  
シリーズ名  
著者 田中 草大(たなか そうた)
出版社 勉誠出版
出版年次 令和元年(2019年)
ISBN 9784585291725
定価(税抜) 8,000円
著者の紹介 著者(1987~)は京都大学大学院文学研究科講師。
国立国会図書館 平安時代における変体漢文の研究
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本の内容:

 これまで変体漢文がどのようなものであるかを全体的に俯瞰できる概説書はありませんでした。本書は著者の学位論文に加筆したもので研究書であり、概説書ではありませんが、本書を読めば変体漢文の全体像が見えてきます。まず、本書の構成(目次)は次のようになっています。

 序論
  第一章 変体漢文導論
  第二章 研究史と本研究の観点
  付章  橋本進吉による「変体漢文」の定義と古事記の位置づけ
 本論
  第一部 語彙より見たる変体漢文の性格(一)――文体間共通語への着目――
   序章  問題の所在と本部の手法
   第一章 オドロク(驚)の語義・用法
   第二章 アソブ(遊)の語義・用法
   第三章 ヒサシ(久)の語義・用法
   第四章 ワヅカナリ(僅・纔)の語義・用法
   第五章 サカリ(盛)の語義・用法
   第六章 オク(置)の語義・用法
   第七章 分析結果と資料館の相違
  第二部 語彙より見たる変体漢文の性格(二)――漢文訓読語的部分への着目――
   序章  問題の所在と本部の手法
   第一章 変体漢文における<訓点語>用法(一)――スミヤカナリ(速)――
   第二章 変体漢文における<訓点語>用法(二)――タヤスシ(輒)――
   第三章 接尾辞「等」の訓法と用法
   第四章 前部及び本部のまとめ
  第三部 表記より見たる変体漢文の性格
   序章  問題の所在と本部の手法
   第一章 助動詞用法の「欲」の訓法と方法
   第二章 変体漢文における不読字――段落表示用法を中心に
   第三章 仮名文から変体漢文への「変換」の課程
   第四章 変体漢文における、表記体に起因する言語的特徴の整理
 結論
  第一章 本研究のまとめ
  第二章 課題と展望

 そもそも「変体漢文」とは何か。これまではその定義からして曖昧でした。本書では序論において「変体漢文」を明確に定義しています。
 著者はまず「漢文」という用語の定義を橋本進吉の定義に準拠して「日本語の表記法の一種で、文語文を古典中国語式に書き表したもの」とした上で、図を使って次のように定義しています。

変体漢文の定義

 この図について、著者は次のように補足しています。(序論第一章 本書22ページ)
 右の定義を基礎として、筆者は変体漢文を次のように位置付けたい。  日本で制作された、現在一般に漢文と称されている文章全体を「日本漢字文」とし、その中で訓読に依拠しない文章(平たく言えば現代の我々が外国語文を書き綴る時の如き意識・プロセスによって書かれたものは<甲>「中国語文」と見なし、訓読に依拠して書かれた文章(換言すれば、日本語文を古典中国語文の措辞法によって表記した文章)の総称として「漢文」を用いる。そしてその中でも正格志向の窺えるもの(つまり、訓み下されることを想定して書かれてはいるが、措辞・表現としては和習を排すべく努められたもの)は<乙>「正格漢文」(乃至「正格志向漢文」)とし、正格志向の窺えないもの(日本語文を柔軟に表記するために種々の和習が積極的に活用されているもの)を<丙>「変体漢文」として、これを本研究の対象とする。別言すると、「中国語文の方式に(正しく)則って書かれた日本語文」が「(正格)漢文」であれば、「中国語文の方式に正しく則らずに書かれた日本語文」である<丙>はまさしく「変体」漢文ということになる。
 さらに次項「文体上の分類」では次のように言います。(同 本書26ページ)
 平安時代の文語の主体をなす漢文体は、前項で述べた如く、表記体の上では正格漢文と変体漢文に二分される。改めて各々について説明すると次のようになる。

正格漢文・・・中国語ではなく、日本語文を中国語のかたちに収めたもの。つまり一義的には表記体であるが、中国語のかたちに収める際に様々な(語彙・語法などの)制約を受けるため文体としての性格も強く持つ。なお、これとほぼ逆の手順(但し逐字的性格が一層強い)によって既存の中国語文(または漢文)を日本語に展開したのが漢文訓読文である。

変体漢文・・・日本語文を中国語文のかたちに収めたものという点で基本構造は正格漢文と同一だが、中国語のかたちにする上での制約(表記・語彙・語法)が種々の点でより弱く、寧ろ多くの場合そうした制約に拘泥しない要素を積極的に盛り込むという点に違いがある(変体漢文と「和習を含む正格漢文」とを隔てるのもこの点であると言えよう)。

 そして、正格漢文と変体漢文の関係については次のように総括します。(同 本書27ページ)
 なお平安時代において正格漢文と変体漢文とは一般に非連続的であったと考えられるが、そのことは以下の三点によって証することができる。

(一)両者には使用の場に違いがあること。則ち、正格漢文が文芸(韻文・散文)、儀式、外交といった場で用いられたのに対して、変体漢文は日常的な政務における文書、男性の私的な書状・日記、実用的な著作物(例、故実書)などに用いられた。もし変体漢文が「出来損ないの正格志向漢文」でしかなかったのならば、変体漢文は諸々の漢文資料にランダムに現れるはずである。
(二)同一人物が場によって正格漢文と変体漢文とを使い分けているケースがあること。もし変体漢文が「出来損ないの正格志向漢文」でしかないのならば、正格漢文が書ける人物がわざわざ変体漢文を書く必要はない。
(三)手紙文の模範文例集という正格を有していたと考えられる往来物が正格漢文でなく変体漢文で書かれていること(平安鎌倉時代の現存例としては、明衡往来、和泉往来、高山寺本古往来等)。もし変体漢文が「出来損ないの正格志向漢文」でしかないのならば、模範文例にわざわざ変体漢文が選ばれるはずがない。

 以上三点から、平安時代において正格漢文と変体漢文とは一般に非連続的であった――別言すれば、変体漢文は「出来損ないの正格志向漢文」ではなく、自立した、意識的に選ばれる表記体であり文体であった――ことが認められる。
 これは著者の言うとおりで、平安時代から江戸時代にかけて、同一人物が和漢混淆文(または和文)、正格志向漢文、変体漢文(または候文)を場によって使い分けている例は枚挙にいとまがなく、変体漢文を独立した文体と認めることはまことに実態に合った判定です。
 このように「変体漢文」を誰もが納得のできる内容で明確に定義し、位置づけたことは、非常に意義のあることです。

 筆者はこの定義の上に立って「変体漢文」の性質を語彙と表記の面からさらに追求していきます。
 変体漢文の語彙についてはこれまで「変体漢文特有語」からのアプローチが行われてきました。たとえば、「密」という語について、
 和文特有語 ミソカニ
 訓読特有語 ヒソカニ
 変体漢文特有語 ミツミツ(密々)
というような使い分けがあるという類いです。(本論第一部序章 本書87ページ)
 しかし、著者はこうした変体漢文特有語からアプローチするのではなく、和文、漢文訓読文、変体漢文の三者で共通に用いられる「文体間共通語」に注目し、それらの意味が各文体でどのように使い分けられているかを調査しています。(同 本書90ページ)
 著者が調査した「文体間共通語」は、「オドロク(驚)」「アソブ(遊)」「ヒサシ(久)」「ワズカナリ(僅・纔)」「サカリ(盛)」「オク(置)」の各語ですが、そこから得られた結論は、次のようなものでした。(本論第一部第七章 本書177ページ)
(イ)文体間共通語の語義・用法という点においては、変体漢文の言語は漢文訓読文よりも和文と共通するところが大きい。
→変体漢文は漢字そのものではなくその訓(ヨミ)によって書かれている。
(ロ)但し、和文における語法の中の和歌的な部分(和歌に影響されたと覚しき語法)は、変体漢文には見られない。
→変体漢文における語法は単に和文語的というよりも「日常語」的である。
(ハ)文体間共通語の語義・用法における日常語的要素の大きさは、記録や文書といった文献種の違いによって差異を生じるものではなく、右の(イ・ロ)は平安時代の「変体漢文」一般について言えるものである。
→但し、一部の典籍や文書、また特定表現においては和文語的語法が抑制される/訓読語的語法が活用されることがある。
 つまり、変体漢文はあくまで漢字の「訓」によって書かれたものであり、漢字の意味だけを知っていても読めないものです。変体漢文の中で「驚」という漢字が<オドロク=びっくりする>という意味ではなく、和語<オドロク>のもう一つの意味である<連絡>の意味で用いられている場合には、「驚」という漢字本来の意味(<びっくりする>)だけを知っていてもその変体漢文の意味は理解できない、つまり読めないのです。
 また、変体漢文と他の文体(とくに和漢混淆文)との関係について、著者は次のように述べています。(本論第二部第三章 本書234ページ)
 この結果(筆者注:変体漢文における接尾辞「等」の用法が、和文よりも和漢混淆文と近いこと)については、「変体漢文が和漢混交文の文体に影響した」という解釈が可能であろうし、実際に「変体漢文に頻用されている語句等が和漢混淆文にも見られるため、変体漢文からの影響が推定できる」という論を立てる先行研究は複数存する。なるほど例えば土左日記の如きは、同じ日記という体裁を採るものとして変体漢文を具体的に意識するということが充分考えられよう。しかしながら、中世の所謂和漢混淆文、例えば今昔物語や平家物語において、その筆録に際して変体漢文というものが具体的に影響を与えたということは、――例えば源氏物語が狭衣物語に影響したといった場合と比較してみると――聊か考えにくいのではなかろうかと筆者には思われるのである。「変体漢文が和漢混淆文の文体に影響した」と考えるよりはむしろ、当時の「男性語」乃至「文章語」というものを仮想して、それが文献としては、中古には漢文訓読文及び変体漢文の上に中心的に現れていたのが、中世になって、新たに生じた和漢混淆文の上にも現れるようになった、則ち変体漢文と和漢混淆文の言語的近似性の原因を影響関係にではなくどちらも男性語のアウトプットの一つであるという並列関係に求めるほうが、より自然ではないか(【図】参照)。(以下略)

男性語醸成

 和漢混淆文という今日につながる文体の成立過程には議論の余地はあるかもしれませんが、和漢混淆文、変体漢文、正格志向漢文は同時に存在していたのは厳然たる事実あり、また同一人物が場によってそれらを使い分けていたことを考えると、それらが(男性語の)アウトプットの態様にすぎず、たがいに影響して成立したものではないという著者の意見は首肯できるものです。

 このようにして、本書によって変体漢文というやっかいな文体の輪郭が見えてきます。著者の着眼点はすばらしいと思います。

2022年8月31日公開

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