日本漢文の世界:本の紹介

書名 漢字百珍
副題 日本の異体字入門
シリーズ名  
著者 杉本 つとむ
出版社 八坂書房
出版年次 平成13年(2001年)
ISBN 4-89694-484-4
定価 2,000円
著者の紹介 著者(1927-)は、異体字研究の権威で、『異体字研究資料集成』(全20巻、雄山閣刊)の大著があります。そのほかにも、江戸時代の洋学や、戯作文学などについて広範な業績があります。洋学関係では、長崎通詞の学問的業績を再発見した名著『長崎通詞ものがたり―ことばと文化の翻訳者―』(創拓社)が必読です。
本の内容:

漢字百珍―日本の異体字入門

 漢文の古い版本や写本などを見ておりますと、現在普通に用いられている明朝体活字とはちがう形の漢字(=異体字)をたくさん目にします。明治以前の版本には、明朝体のものもありますが、それらはむしろ少なく、書写体に類した楷書の字体で刻された本が多いのです。
 ところが、明治時代になると、康煕字典体(明朝体の旧字体に相当する字体)が教育漢字として採用され、それ以外の異体字は次第に排除されるようになりました。戦後は「当用漢字」が制定され、学校では一点・一画にこだわるような漢字教育がなされたため、異体字は「正しくない字」として排斥の対象となりました。そして最近コンピュータが普及したことにより、異体字問題が再びクローズアップされました。ご存知の「鴎外」・「鷗外」問題がそれで、初期のワープロでは「鴎外」という字しか出なかったので、「正しい字」が出ないと言って大議論になったのでした。ところが、「鴎」も「鷗」も、江戸時代にはどちらも許容されていた字体です。
 江戸時代には、一つの漢字に十以上の異体字が許容されることも珍しくありませんでした。その中でスタンダードとされる字体はもちろんあります。しかし、本書を読めばよく分かるように、現在スタンダードとされる字体が、江戸時代には異体字に分類されている例もあります。「勝てば官軍というように、その時代時代で正座につく漢字にも変容があって、かつての異体字が正体の字を押しのけて正座についたとき、人はそれに服して他を異体字扱いにするものです。本質的には正も異も相対的といえます。」(124ページ)。よくある誤解に、「異体字は人人が好き勝手に作り出した字体だ」というものがあります。しかし実際には、異体字の多くは、楷書の発生とともにできた歴史あるものです。勝手に字を作ることなどは、文字に対する冒瀆として許されなかったのです。
 こうした異体字使用の実情を直視すれば、現在のような『康煕字典』一辺倒の正俗判定が、いかに文字使用の歴史を無視した独り善がりなものであるかが、よくわかるはずです。著者も『康煕字典』のことを「お役人や御用学者の大好きな『康煕字典』」と揶揄していますが(182ページ)、著者がもっとも重視し信頼するのは中根元圭(なかの・げんけい)の『異体字弁』であり、その他の資料として太宰春台(だざい・しゅんだい)の『倭諧正訛』、新井白石(あらい・はくせき)の『同文通考』などが参照されています。中国のものとしては、顔元孫(がん・げんそん)の『干禄字書』がとくに重視されています。
 本書は、明治以前、ことに江戸時代における異体字使用の実際をはじめて明らかにしたもので、漢字使用の歴史に興味をもつ方には必読の書です。著者は現在の漢字教育に苦言を呈し、「漢字という記号の性格や構造を説明するときには、必ず異形をいくつか示し、それによって漢字文化、文字の機能、古典の中の表現や思想を支えるものの姿を正しくとらえさせねばなりません」(218ページ)と述べておられます。異体字に対する正しい理解なくしては、漢字文化を語ることはできません。異体字については「学者」の間でさえ誤解が多く、『康煕字典』絶対論がいまだにまかりとおっています。本書が広く読まれることを希望するゆえんです。

漢字百珍―日本の異体字入門
2004年6月27日公開。

ホーム > 本の紹介 > 漢字百珍(杉本つとむ著)

ホーム > 本の紹介 > 漢字百珍(杉本つとむ著)