日本漢文の世界:本の紹介

書名 月瀬幻影(げつらいげんえい)
副題 近代日本風景批評史
シリーズ名 中公叢書
著者 大室 幹雄(おおむろ みきお)
出版社 中央公論社
出版年次 平成14年(2002年)
ISBN 4-12-003250-7
定価 2,300円
著者の紹介 著者(1937-)は、千葉大学教授。中国の都市を読み解いた『劇場都市』(三省堂)などの都市論六部作があります。
本の内容:

月瀬幻影―近代日本風景批評史 (中公叢書)

 漢文学では紀行文は重要な分野ですが、この本では、江戸後期の知識人による漢文の紀行文こそが日本の風景を発見させたのだということを、いろいろな例を引いて論証しています。
 その中でもとくに、斎藤拙堂による『梅渓遊記』の成立にかかわる話には興味を惹かれます。斎藤拙堂は、現在奈良県に属する梅の名所・月ヶ瀬村を探訪した後、京都へ寄り、尊敬する先輩・頼山陽を訪ね、『梅渓遊記』の雌黄(しおう=添削のこと)を求めます。これに応じて頼山陽は全篇にわたって丁寧に添削を加えます。その結果『梅渓遊記』は、書出しから末尾に至るまで、「和州梅渓の奇は天下に冠たり」という平凡低調なものから、現在読まれるごとく「何れの地にか梅無からん、何れの郷か山水無からん。」という、格調高いものに生まれ変わりました。この拙堂・山陽の両大家の合作というべき『梅渓遊記』は、梅の名所として中国の孤山・羅浮山を比較の対象にしたり、泰山や桃源郷を彷彿させる記述をしたりして、中国の山水記に親しんでいた当時の知識人たちに強烈にアピールします。そのため、『梅渓遊記』が出現すると、それまで僻地にすぎなかった月ヶ瀬がにわかに梅の名所として有名になり、多くの文人・墨客が訪れるようになります。そして、それがしだいに庶民にも浸透して行楽地として定着していきます。
 この知識人による風景のとらえ方は、漢文学をとおしたものですが、江戸文人たちは、鎖国のせいで実際には中国の山水に親しむこともできず、中国文人たちが山水記に託した本当の思いも知ることもできなかったのです。彼等の独りよがりともいえる中国文学理解は、著者により「江戸シノワズリ」(chinoiserieとは「中国趣味」のこと)でしかない、と酷評されています。しかし、この「江戸シノワズリ」による風景発見が、近代日本における風景発見の端緒であったのです。
 そして、著者は「蛇足」と断りながらも、この中央文士(あるいはテレビ等)による発見・紹介をまちわびる地方名勝という構造は現在でも同じだ、とまで喝破されていますが、なるほどそんなものかもしれません。

月瀬幻影―近代日本風景批評史 (中公叢書)
2003年7月20日公開。

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