日本漢文の世界:本の紹介

書名 明治改暦
副題 時の文明開化
シリーズ名  
著者 岡田 芳郎(おかだ よしろう)
出版社 大修館書店
出版年次 1994年(平成6年)
ISBN 4-469-22100-7
定価 2,800円
著者の紹介 著者(1930-)は、暦の研究家で、暦に関する著書がたくさんあります。文化女子大学教授。
本の内容:

明治改暦―「時」の文明開化

 古い時代の文学では、漢文学、国文学を問わず、旧暦(太陰太陽暦)によっていました。しかし、明治以後は太陽暦が採用されたため、季節感がずれるようになってしまいました。文学だけから考えると、改暦など余分のことのようにも見えます。ことに俳句の世界では、大混乱になってしまいます。どうして改暦が必要となり、急いで断行されたのでしょうか。その謎を豊富な資料によって解明したのが本書です。
 明治6年正月から、わが国は太陽暦に改暦しました。改暦の発表から、新暦の施行まで、わずか二十三日しかありませんでした。改暦の理由は、一つには欧米諸国とのつきあいの上で、彼我の暦が違うのがはなはだ不便であったこともあります。しかしなにより、太陰太陽暦というものは、毎年暦を作らなければならず、二三年ごとに閏年があり、閏年には十三ヶ月あるという不便があったのです。この不便を解消するために、江戸時代から太陽暦の採用を主張する人たちもいたのですが(中井竹山、履軒ら懐徳堂関係者など)、明治6年の改暦断行は、全く急なことでした。当時、岩倉公の率いる政府要人の使節団が欧米を訪問中というなかで、何をいそいで改暦が断行されなければならなかったのでしょうか。それは、明治6年が、太陰太陽暦では閏年になり、十三ヶ月の年であったからなのです。つまり、財政難の政府は一月分余計に官吏の月給を払うことを避けるために、改暦を急いだのです。そして、明治5年12月3日(旧暦)が明治6年1月1日(新暦)とされたため、明治5年12月はたったの2日しかなくなったため、政府は明治5年12月分の月給も払わずにすませたのでした。なんともせこい話です。
 改暦とともに、それまで暦につきものだった迷信的暦注を、明治政府は暦から削除してしまいました。それもあって、民衆からはなかなか受け入れられず、暴動さえ起こり、ことに農村では長い間旧暦が生き残ったため、全国的に新暦が用いられたのは、何と、戦後の高度成長期になってからだったといいます。
 漢文学を学ぶ上では、旧暦がどのようなものか、また改暦によって暦がどうかわったかを知っておいたほうがよいので、そのような観点からもお勧めしたい本です。

明治改暦―「時」の文明開化
2001年10月8日公開。

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