日本漢文の世界:本の紹介

書名 南摩羽峰と幕末維新期の文人論考
副題  
シリーズ名  
著者 小林 修(こばやし おさむ)
出版社 八木書店
出版年次 平成29年(2017年)
ISBN 9784840697668
定価(税抜) 9,800円
著者の紹介 著者(1946-)は実践女子大学短期大学部名誉教授。
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本の内容:

 本書は旧会津藩士の漢学者・南摩羽峰の明治初年までの前半生を、入手しうるあらゆる資料を元に再現しようとした意欲的な業績です。調査論文を集成したもので、若干の重複はありますが、通読することで南摩羽峰の前半生が概観できます。
 南摩羽峰は会津藩士で学問に秀で、選ばれて幕府の官学・昌平黌に学びました。黒船の来航に接し、真の攘夷のためには欧米に学ぶ必要があると考えて蘭学を志し、杉田成卿、石井密太郎らについて蘭学を修めます。その後、藩命で関西・九州へ遊学し、大阪の緒方研堂にも学び、会津に西洋学館を創設します。藩主・松平容保が京都守護職となるや、羽峰は京都学職となり、密命を受けて幕府と藩のために東西奔走しますが、戊辰戦争により、郷里会津は戦乱の巷となり、親族は多く難に殉じました。会津落城後、羽峰は越前高田で幽閉されますが、翌明治二年に許されると、高田に洋学を取り入れた開明的な正心塾を開きます。その頃、日本史を世界史の中のものとしてとらえた当時としては画期的な教科書『内国史略』を出版しています。
 ところが、本書が詳細に追跡する羽峰の事跡は明治初年で終わり、その後、東京大学古典講習課教授などを歴任した漢学者として後半生には全く言及していません。これは「幕末・維新期」という本書のテーマに沿ったことなのかもしれませんが、今後、羽峰の後半生についても詳細な追跡をされることを期待しています。

 以下本書の内容を簡単に紹介します。
 本書の第一部「南摩羽峰 考証と論究」において著者が発掘した事実のうち、次のものは特筆すべきだと思います。
一、京都守護職であった会津藩主・松平容保を孝明天皇が非常に信頼され、三通の宸翰を賜っていたことについて、南摩羽峰が維新後の明治29年7月11日の史談会で発表していたこと(本書13ページ)。三通の宸翰が山川浩の『京都守護職始末』(明治44年11月刊)に掲載されて初めて世に出るより15年も前のことです。三通の宸翰は明治薩長政府の正当性を揺るがすものだったので、『京都守護職始末』の出版時においてさえ政府筋からの圧力があったのです。
二、羽峰が明治3年に創設した「正心学舎」の設立場所を、近接する寺院にあった記録から大滝秋太郎(米峰)宅と特定し、さらに近隣住民が保存していた「正心学舎規則」を発見したこと(本書57ページ)。この「正心学舎規則」により、正心学舎では漢学のみならず、西洋の翻訳書も学課で用いられていたことが分かり、羽峰の開明性が明らかになりました。
三、羽峰が藩命で九州に遊学したときの記録『負笈管見』(会津図書館蔵)の一部分(薩摩、佐賀、長崎、肥後)を抜粋して紹介していること。いずれも土地の風俗人情を活写した詳細な記録ですが、特に当時入国が難しかったという薩摩入国の記録は貴重なものです。

 本書第二部は「羽峰の周辺」として、羽峰の幕末・維新期における関連人物、松田正助、石井密太郎、松浦武四郎、安達清風、柴秋村、秋月韋軒の事跡を調べています。その中で、私は松田正助の記事に注目しました。
 鳥羽伏見の戦いの後、羽峰はしばらく大阪に潜伏して情勢を探ります。その時、羽峰を匿ったのが大阪の書籍商・松田正助でした。著者は松田の経歴について最初は知る由もなかつたのですが、ある時『日本近代文学大事典』の第五巻を繰っていると、たまたま松田の子息・梅原忠蔵の名前を『なにはがた』発行人として見出します。そして、これを手がかりとして松田正助が大阪の有力な書籍商であったことを突き止め、松田が維新前後に池内大学を匿っていたこと、松田が池内を土佐藩主・山内容堂に推薦した当日に池内は暗殺されてしまったことなどが、松田の孫・梅原忠治郎の筆記『池内大学の遭難と其遺聞』をもとに明らかになります。松田が大塩平八郎が挙兵に先立ち蔵書を処分したときに協力したため、乱後に幽閉されたとの逸話も伝えています。そして著者は現在京都に在住の四代めの子孫・松田吉浩氏から、漢文の「松田正介伝」を提供されるに至ります。この「松田正介伝」は横山謙という美作(みまさか=岡山県)の同業の書籍商が書いたもので、池内大学や南摩羽峰を松田が匿ったことも書かれていました。

   本書第三部は「幕末維新の残影」として、フランク松浦、中根香亭、飯島虚心が紹介されています。彼らは羽峰とは接点のない人々ですが、著者が関心をもって調査していた人々で有り、羽峰と同時代ということで本書に収められたようです。

2022年8月31日公開

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