日本漢文の世界:本の紹介

書名 日本史を学ぶための古文書・古記録訓読法
副題  
シリーズ名  
著者 苅米 一志(かりこめ ひとし)
出版社 吉川弘文館
出版年次 平成27年(2015年)
ISBN 9784642082730
定価(税抜) 1,700円
著者の紹介 苅米一志氏(1968-)は、就実大学人文科学部教授。専門は日本中世史。
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本の内容:

 平安時代後期の明月記や、鎌倉時代の吾妻鏡などの記録は、独特の「変体漢文」で綴られています。それは漢字だけで綴られていても、正則の漢文とは全く異なり、和文を漢字表記したものであるため、特別な知識がなければ読むことができません。これまで「変体漢文」を独習する上で壁となっていたのが、辞書や語法書がないことでした。
 しかし、本書の出現はそのような状況を変える画期的なものになりました。本書は辞書と語法書の二つの性格を備えており、読めない字を辞書的に引いて、用例を実在する資料からの引用により確認することができます。
 例えば、「慥」という字が読めないとき、索引で検索すれば、123ページに「慥(たし)かに=たしかに」という項目を見つけることができます。「慥賜之由、以詞返答之」との例文もあります。例文の出典は「『師守記』貞治三年七月九日条」と明記されています。しかしこの例文、いったいどのように読むのでしょうか。答えとして本書には「慥(たし)かに賜(たまわ)るの由(よし)、詞(ことば)を以て之を返答す」と訓読が載っています。さらに「たしかに頂戴した旨を、ことばを以て返答した」との現代語訳がついています。非常に親切です。
 また、「者」は、いろいろな意味に使われる字ですが、これを「てへり」「てえり」「てへれば」「ていれば」と読む例があります。(本書79ページ、157ページ)
 これについては、『「と言えり」が短縮された形。文末について引用を示す。』との解説があります。文中に「者」がある場合はそれでよいのですが、文頭に「者」を置いて「ていれば・・・」と始まる文は何と訳すべきなのでしょうか。変体漢文は、なかなか一筋縄ではいきません。
 本書は、主として鎌倉時代の遺文から変体漢文の訓読を推定したようです。これについて、著者・苅米氏は「緒言」において、つぎのように言っておられます。
 我々がある変体漢文を訓読し得たとして、古代・中世の人々は本当にそれと同様な読み方をしていたのだろうか。そうした疑問が浮かぶかもしれない。つまり、そのように訓読する根拠はどこに求められるか、という問題である。
 これについては、案外に手がかりは多い。当時の人々は変体漢文を書きつづり、また読解していたわけだが、その痕跡はさまざまな資料に残されている。
 第一に挙げられるのは、訓点資料であろう。漢文に対して、それを訓読するための記号を施した資料は多い。特に古代から存続する大寺院などには多く残されており、それ自体が一個の研究対象をなしている。
 第二に、漢字仮名まじり、または仮名書きの文章の存在である。漢文で記してあったもの、あるいは漢文で記すべきであったものを、漢字仮名まじりや仮名書きで記したものである。たとえば、天皇が読み上げる宣命、祭祀の場における祝詞、書状の類などが挙げられる。これらの中には、漢語を極力使わない、いわゆる「やまとことば」で音読するものもあるが、その語順については参考にすることができる。
 この他、訓読の手がかりを得るための資料として、譲状と置文という組み合わせは興味深い。譲状とは、家の当主が自身の死後、誰にどのような財産を譲るのかを書き上げた文書である。公的な機関にも提出されて認可を受けるため、漢文で記されることが多い。それに対して、当主が被譲者に対して死後の遵守事項を命じたのが置文である。これは私的な内容であるため、仮名書きであることが多いが、文章そのものは前者の譲状と共通する部分がきわめて多い。大づかみに言って、譲状を訓読して仮名書きにしたのが置文ということになる。両者を比較することによって、当時の人々が変体漢文をどのように訓読していたかを知ることができる。
 こうした方法によって抽出された規則を、たとえば仮名書きの書状にあてはめて、それをもとに漢文を再構築してみると、他の変体漢文とほとんど矛盾は見いだせない。ここで解説するのは、そのように見出された訓読の方法であるということになる。

 このような苦心のすえに本書が出版されたことは、非常によろこばしいことです。本書は現時点では190ページほどの小冊子にすぎず、採取された用例もけっして豊富とはいえませんが、将来において逐次拡充され、増補版として充実していくことを期待しています。
2017年3月26日公開。

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