日本漢文へのいざない

 

第一部 日本文化と漢字・漢文

第五章 読解のための漢文法入門

第3節 主謂短語


(1)主謂短語(ネクサス)

 短語の中でもっとも重要なのが、この主謂短語です。「主謂短語」とは、ネクサス(nexus)の漢文法における呼称です。

 「ネクサス」(nexus)とは、前述のようにデンマークの言語学者イェスペルセン(Otto Jespersen)が提唱した文法上の単位で、「主部」と「述部」を含むものです。漢文のネクサスは、一部複合詞(「日没」や「氷解」など)もありますが、ほとんどが自由表現(free expressions)としての短語(phrases)の形式を取ります。

 主謂詞組とは、要するに句(sentence)そのものです。主部と述部を備えているからです。「日没」のような複合詞と考えられるものでも。単独で提示されれば、「日(ひ)没(ぼっ)す」という句(sentence)になっているのがお分かりでしょう。

 このような句そのものが句の構成要素(主語や謂語、賓語)になるとき、「主謂短語」と呼ばれるのだと考えていただけば理解しやすいと思います。

 主謂短語が重層的に使用されることで、文章にいきいきとした躍動感が出てきます。

※漢文の「主謂短語」は、第1句式(主語+謂語)だけではなく、第2句式(主語+謂詞+賓語)、第3句式(主語+謂詞+双賓語)を含めたすべてのネクサスです。ただし、無主句の場合は、「主謂短語」ではなく「述賓短語」となります。

【例句1】

(余)覚濤瀾洶湧可駭。(陸游『入蜀記』5月19日)

(訓読)()濤瀾(とうらん)洶湧(きようゆう)(の)、(おどろ)()きを(おぼ)う。

(現代語訳)大波が湧き上がるさまは驚くばかりだ、と私は思った。

※この句は南宋の詩人・陸游(号は放翁)(1125-1210)の『入蜀記』から採りました。『入蜀記』は日記体なので、一人称の代詞「余」「吾」等は使用されず、一人称代詞が主語となるべき句は無主句になっています。上の例句では説明の便宜上、主語「余」を補いました。『入蜀記』は、著者・陸游が官命によって蜀の地へ赴任したときの行程を綴った日記です。『入蜀記』は、わが国の明治時代の漢学者・竹添井井(たけぞえ・せいせい、1842-1917)が、近代日本人として初の中国旅行記『桟雲峡雨日記』を書いたときに下敷きとしたことでも有名です。

 それでは、この例句を分解してみましょう。

 まず、「(余)覚・・・」以下の部分に注目してください。

(余)覚濤瀾洶湧可駭。

 詞の切れ方が分からない場合は、とりあえず二字ずつに分解してみます。

濤瀾 洶湧 可駭

 すると、「濤瀾 洶湧」は主語+謂語の「主謂短語」になっていることがわかります。

濤瀾  洶湧

主語  謂語

(訓読)濤瀾(とうらん)洶湧(きようゆう)す。

(現代語訳)大波が湧き上がる

 この「主謂短語」が次の「可駭」(おどろくべし)の主語になっています。(「主謂主語」といいます。)

 濤瀾 洶湧  可駭 
└────┘
(主謂短語)
  ↓     ↓
  主語    謂語

(図式の単純化)

濤瀾洶湧  可駭 
 主語   謂語

(第1句式)

(訓読)濤瀾(とうらん)洶湧(きようゆう)(おどろ)()

(現代語訳)大波が湧き上がるさまには、驚くばかりだ。

 訓読では、「濤瀾洶湧」が一つの句として完結しているならば、「濤瀾 洶湧す」です。しかし、おなじ「濤瀾洶湧」が「主謂短語」として「可駭」の主語になった場合には、「濤瀾の洶湧」と「の」で連結し、ひとまとまりの体言の形にした上で、これを主語として扱っていることに注意してください。訓読においても、みごとに主謂主語を表現しているのです。訓読を工夫したわが国の先人の努力には、ただ敬服するばかりです。

(訓読の工夫 図解)

 濤瀾 洶湧す
 主語 述語
└─────┘
   ↓
濤瀾の洶湧(は)、  駭く可し
 主語         述語

 この主謂短語がさらに、「(余)覚」の賓語になっているのです。(「主謂賓語」といいます。)

(余) 覚   濤瀾 洶湧  可駭 
        └────┘
         (主謂短語)
        └───────┘
           (主謂短語)
            ↓
    謂詞     賓語
   └──────────┘
       (動賓短語)
主語     謂語

(図式の単純化)

(余) 覚   濤瀾洶湧可駭 
    謂詞     賓語
   └────────┘
主語     謂語

(第2句式)

(訓読)()濤瀾(とうらん)洶湧(きようゆう)(の)、(おどろ)()きを(おぼ)う。

(現代語訳)大波が湧き上がるさまは驚くばかりだと、私は思った。

 訓読では、「濤瀾洶湧可駭」を「濤瀾の洶湧(は)、駭く可し」と読みましたが、この主謂短語(nexus)が「覚」の賓語(目的語)になると、「濤瀾の洶湧(の)、駭く可き」のように連体形止めで訓読し、「濤瀾洶湧可駭」というネクサスをひとまとまりの体言の形として「を」で受け、「濤瀾洶湧可駭」がひとかたまりとして動詞「覚」の賓語(目的語)となっていることを示しています。これも見事な訓読の工夫です。

(訓読の工夫 図解)

濤瀾の洶湧、  駭く可し
 主語      述語
└─────────┘
     ↓
濤瀾の洶湧(の)、駭く可き  を    覚う。
    目的語              述語



2007年7月16日公開。

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