日本漢文へのいざない

 

第一部 日本文化と漢字・漢文

第二章 漢文と中国語




(11)普通話における「異読(破読)」

 閑話休題。中国語の話に戻りましょう。

 漢字には、「破音字(pò yīn zĭ)」といって、いくつかの音をもつ字があります。意味の違いが音の違いとなるものです。このように一つの漢字をいくつかの音に読み分けることを、「異読(yì dú)」または「破読(pò dú)」といいます。

 普通話(pŭ tōng huà)の初歩を習った方は、「為」という字は「・・・のため」という意味のときは「wèi」と去声(第四声)に発音し、「・・・をする」の意味のときは「wéi」と陽平(第二声)に発音するのをご存知のはずです。「為」は、多分いちばん有名な「破音字」です。しかし、日本漢字音では声調が欠落してしまうので、どちらも「ヰ(イ)」になってしまいます。

 先ほどの『論語』にも出ていた「説」は、「考えを述べる」という意味なら「shuō(セツ)」、「よろこぶ」という意味なら「yuè(エツ)」、そして「遊説(ゆうぜい yóu shuì)」の場合は「shuì(ゼイ)」と読みます。この字では、声調だけでなく字音そのものが異なるため、日本漢字音でも違いが出てきます。

 また、これも『論語』にも出ていた「楽」は、「たのしい」なら「lè(ラク)」、音楽なら「yuè(ガク)」です。

 ほかにも例をあげますと、「数(shù)(スウ、去声)」は、「しばしば」という意味のときは字音が「shuò(サク、入声)」になり、「かぞえる」の意味のときは「shŭ(スウ、上声)」と読みます。

 また、この熟語のときはこう読むと決まっているものがあります。たとえば、「読(dú)」は、「句読(くとう jù dòu)」の時には「dòu」と読みます。「姉(jiĕ)」は「姉妹(しまい zĭ mèi)」のときには「zĭ」と読みます。「滑(huá)」は、「滑稽(こっけい gŭ jī)」のときには「gŭ」です。また、「唯(wéi)」は、「唯唯諾諾(いい・だくだく wĕi wĕi nuò nuò)」のときは「wĕi」です。「上(shàng)」は、「上声(じょうしょう shăng shēng)」のときは「shăng」です。

 また、固有名詞には「異読」が多いのです。先ほどの『論語(ろんご Lún yŭ)』の「論(ふつうの音はlùn、去声)」を「lún(陽平)」と読むのもそれです。そのほか地名では、「会稽の恥」の「会稽(かいけい Guì jī)」では、「会(カイ)」の字を「huì」ではなく、「guì」と読みます(「Kuài jī」と読む人もいますが、古文では「Guì jī」が正式です)。また、戦国時代の国名「燕(エン)」は、「Yàn」ではなく、「Yān」と読みます。

 それから、詩の場合には、平仄(ひょうそく)の関係で、平声にも仄声にも読む字があります。これを「両読」といいます。たとえば、「看」は「kān(陰平)」とも「kàn(去声)」とも読みます。「望」は「wāng(陰平)」または「wàng(去声)」。「聴」は「tīng(陰平)」または「tìng(去声)」といった具合です。

 こういう「破音字」は、たくさんありますので、一つ一つ読み方を確認しなければなりません。 字音そのものが異なる場合は、日本漢字音でも字音が異なる場合が多いため「異読」の予測ができますが、声調だけが異なる場合は、われわれ日本人には予測困難です。覚えるしかありません。(『論語』を「Lùn yŭ」などと読むと恥をかきます。日本漢字音「ロンゴ」からは、これは予測できません。)



2004年11月3日公開。

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